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135 いや、これ……かなりヤバイ状況だよな。ほんとマジで、これからどうしよう?

(冗談じゃない! 回り込ませるかよ!)


 息を切らして心拍数を限界まで引き上げながら、慧夢は必死でペダルを漕ぎ続ける。

 激しく揺れる自転車のハンドルを、汗に塗れて滑りそうになる両手で握り締めながら、畑道を自転車で爆走する。


 そして、慧夢は細い畑道に、自転車が出し得るトップスピードで飛び込む。

 右側に目線を送った慧夢の視界に、既に十メートル程の距離まで迫って来ていた、白い軽トラックの姿が映る。


 何とか自動車達に回り込まれずに、慧夢は農道と畑道が衝突する地点に辿り着けたのだ。

 そのまま、慧夢は先程「あそこ」と表現した、逃げ切れる可能性がある逃げ道に入る。


(競り勝ったッ!)


 視界から軽トラックが消えた直後、慧夢は心の中で歓声を上げる。

 軽トラックが通る農道を越えて、逃げ道に逃げ込めたからこそ、右を向いていた慧夢の視界から、軽トラックは消えたのである。


 慧夢が逃げ込んだのは、田んぼを区分けする細い畦道あぜみちだ。

 慧夢が走って来た畑道は、畑と田んぼを区分けしている、自動車も通れる太い農道に辿り着いて終る。


 だが、そこは行き止まりでは無く、農道を超えた先には、田んぼを分ける細い畦道が、そのまま遠くまで伸びているのだ。

 つまり、畑道と畦道は細い一本の道でもあり、農道と十字路を構成している訳である。


 畑道と同様に細い畦道は、慧夢の乗る自転車は走れても、追い駆けて来る自動車は通れない。

 自動車が通れる農道は、田んぼの手前で丁字路となり、その先には進めない為、畦道を通って幹線道路や農道から遠ざかる慧夢を、自動車は走り易い道を通って追跡出来ないのだ。


 モブキャラクター達が慧夢を追い駆ける為には、自動車で田んぼの中に入らなければならない。

 でも、オフロードカーでも無い限り、水と泥に満たされた田んぼの中を、まともに走り続けるのは不可能。


 それでも、志月の命令に従うしかないモブキャラクター達は、ハンドルを右に切り、次々と田んぼの中に自動車を侵入させる。

 稲を押し倒しながら、自動車達は田んぼの中を進み続ける……が、泥にタイヤがはまってしまい、速度は徐々に遅くなり、おまけにエンジンに水や泥が入り、エンストを起こして停車してしまう。


 振り返り、次々と田んぼの中で停まる自動車の姿を視認した慧夢は、ブレーキをかけて畦道で一時停止すると、喜びの声を上げる。


「ざまぁ見やがれ!」 


 この田んぼの中を走る畦道は、自転車しか通れないし、同じ方向に進める自動車が通れる農道は無い。

 そして、追跡して来る自動車の中には、オフロードカーは混ざっていないので、田んぼの中を走り続けられはしない。


 だからこそ、この田んぼの畦道まで辿り着けば、慧夢は自動車の追跡を振り切れると考えたのである。

 慧夢の目論見は成功し、志月が慧夢を追わせた自動車は全て、事実上追跡が不可能な状態に陥った。


 田んぼの中でエンストを起こしている自動車達は当然(エンストした自動車が修復されても、田んぼを走る以上またエンストしてしまうので、結局追跡は不可能)。

 畑を走って慧夢を追い続けた自動車達も、畦道や田んぼを走れはしない為、慧夢の追跡の継続は不可能。


 慧夢は志月が放った追っ手から、逃れられたのである。


「――んじゃ、とりあえず安全なとこまで逃げるとするか」


 夕陽に照らされた田んぼの中を通る細い畦道を、再び自転車で走り始めた慧夢は、追跡を振り切れた事に安堵していただけでなく、達成感や爽快感すら覚えていた。

 吹き抜ける風が気持ち良かったり、風に波打つ稲が作り出す田んぼの景色の美しさも、その爽快感や心地良さを強めた。


 だが、そんな爽快感は長くはもたずに、慧夢の中から消え失せた。

 代わりに慧夢の心の中で膨れ上がり始めたのは、今後についての不安である。


 志月の放った追っ手という、当座の危機から逃れられた為、今後の事について考える余裕が、慧夢には生まれた。

 そして、今後について考えれば考える程、慧夢は不安にならざるを得ないのだ。


 夢世界に入る前の調査で、夢の鍵の候補だと思われた物や人が、全て外れだった為、夢の鍵が何であるのかが、全く分からなくなってしまった。

 その上、行きがかり上仕方が無かったとはいえ、志月を明晰夢状態にした上で、明確に敵に回す羽目になってしまった。


 これまでは慧夢を意識せず、意識的に夢世界に影響を与えていなかった志月が、これはらは慧夢を敵視した上で、制限があるとはいえ、意識的に夢世界に影響を与え始めるのだ。

 志月の明晰夢化により、慧夢が今後……夢世界で目的を果たす為の行動を、取り辛くなるだろう事は、確実なのである。


(これから何をどうすれば良いのか、全く分からなくなった上、この夢世界のボスキャラみたいな存在を、無茶苦茶レベルアップさせた状態で、敵に回した様なもんだからな……)


 自分の置かれた状況を確認するかの如く、心の中で呟いた慧夢は、頭を抱え込みたい気分になった。

 荒れた畦道を走っている最中、揺れる自転車のハンドルを両手でしっかり握っているので、実際に頭を抱え込んで悩むのは、慧夢には不可能だったのだが。


(いや、これ……かなりヤバイ状況だよな。ほんとマジで、これからどうしよう?)


 夕陽に染められているせいで、枯れている感じの色に見える稲が、風に波打つ田んぼの景色を眺めつつ、慧夢は畦道を自転車で走り続ける。

 これから自分がどうするべきかについて、思い悩みながら……。


    ×    ×    ×





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