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132 そういう言葉使い、まるで本物の夢占君みたいだよ、夢の中なのに

 そして、答の出ない思案を慧夢が続ける間にも、状況は変わり続ける。

 粒子化した指輪や手……鮮血などは、羽虫の群の様に空中を飛び回ってから志月の元に戻ると、その左手首に吸い込まれる感じで集まり、あれよあれよという間に手を元通りに再生してしまう。


 既に苦痛は止んだのだろう、志月は悲痛な声を上げてはおらず、呆然とした表情で自分の再生された左手を見ている。

 志月は左手を握ったり開いたりして、ちゃんと動くかどうかを確かめる。


 左手が元通りになったのを確かめ終えた志月は、一度……大きく息を吸い込み、吐き出してから、現実を受け入れたかの様に、淡々と語り始める。


「斬り落とされた手が元通りとか……こんな事が現実で起こる訳ないよね」


 そして沈痛な面持ちで、思い出し始めてしまった、信じたくは無い事実を、志月は口にする。


「死んだ筈の兄さんが、生きてる筈も無いし……」


 慧夢に夢だと知らされた上で、手を斧で斬り落とされた志月は、自分を見失う程の衝撃と痛みを覚えた。

 更に、斬り落とされた手が、あっさりと元通りになるという、明らかに現実では無い光景を目にして、この世界が明らかに現実世界ではないのを、志月は思い知ったのだ。


 この世界が現実ではなく、夢世界だという事を理解し、志月は明晰夢状態となった。

 明晰夢状態になった影響と、精神に多大なショックを受けた影響により、チルドニュクスが志月の精神に施していた、記憶の封印が崩壊した。


 封印されていた記憶とは、陽志が事故死した事に関する記憶。

 その記憶の存在は、陽志が生きている夢を楽しむ為には邪魔となるので、チルドニュクスが封印していたのだ。


 明晰夢化と精神への多大なショックの影響で、その封印が崩壊した志月は、陽志が死んだ事や、絶望から逃れる為にチルドニュクスを飲んだ事などを、思い出したのである。

 故に、志月は悲痛な表情を浮かべていた。


「――せっかくチルドニュクスが、楽しい夢を見せてくれていたのに、今更……夢の中でまで、夢占君に邪魔されるなんて……」


 思い出したくは無い現実を、自分に思い出させた存在である慧夢を、志月は不愉快そうに睨み付ける。


「現実でもだけど、夢の中でも……私は夢占君とは、相性が悪いみたいだわ」


「そりゃ……気が合うな。俺も籠宮さんとは夢の中でまで、相性が悪いなと思っていた所だから」


「そういう言葉使い、まるで本物の夢占君みたいだよ、夢の中なのに」


 現実世界の慧夢が、似た様な言葉使いをしていた記憶があった志月は、そう言いながら苦笑する。


「案外、拝島さんが良く言っていた様に、夢占君は他人の夢の中に入る能力の持ち主で、君は私の夢に入って来た、本物の夢占君だったりするのかもね」


 志月の言った事は事実を言い当てていたのだが、本気で思っている訳ではなく、志月なりの冗談としての発言が、偶然に真実を言い当てたに過ぎない。


「――とにかく、私の楽しい夢を邪魔する夢占君なんて、私の夢の中にはいらないから、消え失せて下さらない?」


 口調こそ丁寧であるが、志月の言葉から明らかな敵意を感じ取り、慧夢は身構える。


(こいつは、やばい流れだな……)


 明晰夢状態の夢の主に敵意を持たれると、普通の夢世界ですら、侵入者である慧夢にとっては、危険な状況に陥る場合が多い。

 ましてや、志月を楽しませる為の機能が強化されている、黒い夢状態の夢世界の中で、夢の主である志月に敵視されると、どんな目に遭わされるか分からない。


 少なくとも、志月の周囲に存在するモブキャラクター達などの、夢世界が作り出したキャラクター達は、この世界の志月が夢世界を楽しめる様にする為に行動する事が、その言動から判明している(籠宮家の夕食時の会話における、大志や陽子の言動などから)。

 そして、慧夢の視界には、車から降りた十人のモブキャラクターの姿が映っていた。


 他にも、次々と幹線道路を走って来た自動車が、志月がいる辺りに集まり、停車し始めていた。

 まるで志月がモブキャラクター達を操作し、自動車を集めているかの様に。


(ここは逃げるしかないか!)


 思い浮かんだ夢の鍵の候補が全て外れだったのが判明し、何をどうすべきなのか、慧夢自身にも全く分からない。

 そんな状態で、敵意を向けてくる夢の主である志月の近くに居続けても、何も良い事は無いどころか危険なだけなので、ここはとにかく逃げるべきだと、慧夢は判断したのである。


 慧夢は即座にガードレールを乗り越え、降りた時に倒れたままの自転車の元に移動。

 自転車は志月の夢世界で作られた物なので、信頼が置けない可能性もあるのだが、現時点ではキャラクター……人物ではなく只の物には、志月の影響力が及んでいない様に、慧夢には思えた為、とりあえず自転車で逃げてみる事にしたのだ。


「それじゃ、籠宮さんのお望み通り、この場からは消え去らせて貰うよ!」


 自転車を起こして跨りながら、慧夢は志月に声をかける。


「この場? 何言ってるのよ、夢占君!」


 志月は冷たい目で慧夢を睨みつけながら、そう言い放つ。

 先程までとは違い、既に敵意を隠す気などない、刺々しい口調で。


 この世界の主……つまりは最強のキャラクターと言える存在である志月に、明らかな敵意が込められた、視線と声をぶつけられ、慧夢は全身が総毛立つ。

 恐怖と焦りのせいで、ペダルにかけた足を滑らせてしまい、自転車を上手くスタートさせられない。


 そんな慧夢を指差して、志月は言葉を続ける。

 まるで部下達に敵の処刑を命じる、悪の組織の女ボスであるかの様に、慧夢を左手で指差しながら。


「この場じゃなくて……この夢の中から消え去って貰うに、決まっているじゃない!」


 その言葉を切っ掛けとして、志月が態度を明確にするまで、行動を決めかねているかの如く、志月を見守っていたモブキャラクター達は、一斉に行動を開始。

 まずは車を降りていた十人のモブキャラクター達が、慧夢に襲い掛かり始める。



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