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131 悪いな! でも、お前の命の為でもあるんだから、許せよ!

(指輪は?)


 慧夢は腰を落とし、血塗れの手首を拾い上げると、その薬指を確認。

 薬指にはめられていた、べっとりと血が付着した指輪の存在を視認した上で、ボンナリエル……跳んで後退する動きで、志月との距離を取る。


 直後、驚きと恐怖に顔を歪ませながら、口を大きく開いた志月が、空気を震わせる程の大声で悲鳴を上げる。

 噴出し続ける血を抑えようと、手を失った左手首を、右手で押えるが、そんな事で出血は抑えられはしない。


 悲痛な感情がこもった、耳を劈く程の悲鳴を耳にすると、さすがに慧夢も心が揺らぎそうになる。

 夢世界とはいえ、身体が痛みを感じるのを知っているので、志月が感じている苦痛の想像が、慧夢には出来てしまうが故に。


 だが、目的を果たさなければならないので、揺らいでいる場合ではない。


(悪いな! でも、お前の命の為でもあるんだから、許せよ!)


 心の中で志月に謝りながらも、慧夢は薬指から指輪を外す。

 血のせいで滑りが良く、あっさりと指輪は細く長い指から外れる。


 指輪をアスファルトの上に置くと、慧夢は斧を振り上げる。

 そして、小さな標的を狙い、勢い良く斧を振り下ろす。


 鈍い衝撃が、慧夢の右腕を伝わって来る。

 斧は僅かに指輪の右側に外れ、火花とアスファルトの欠片を散らしながら、路面を打ったのだ。


(外れか! 小さくて狙い難いな!)


 舌打ちをしつつ、慧夢は右腕を振り上げると、もう一度斧を振り下ろす。

 前回よりも慎重に、やや左側を狙う感じに。


 ガチっ……という、明らかに金属同士がぶつかった感覚を、慧夢は腕に覚える。

 今度は確実に指輪を捉えた筈だと、慧夢は確信しつつ、斧を除けて指輪の状態を確認。


(――やったよな、今のは?)


 見下ろした慧夢の目に、見事に真ん中の部分で両断された、血に汚れた銀色の指輪が映る。

 慧夢は左手で、二つに分かれた指輪の破片を横に向け、自分から見て水平に並べる。


(念の為、もう一撃!)


 並べた指輪の破片を狙い、慧夢は斧を振り下ろす。

 三度目なので慣れたのか、今度も狙いを外さずに、斧の刃は指輪の破片を捉えて両断、金属音を響かせつつ、破片は四つに分かれる。


(これで、どうだ?)


 四つに切断すれば、確実に破壊扱いになるだろうと、慧夢は確信。

 慧夢は辺りを見回し、夢世界の崩壊が始まるかどうかを確認。


 アスファルトの床にうずくまり、左手首を押さえて混乱状態で泣き喚いている、血塗れの志月の姿。

 そんな志月をどう扱えば良いのか分からず、これまた混乱した感じで動きを止めている、自動車から降りて来たモブキャラクター達の姿。


 畑の中を通る幹線道路と車、遠くに見えるビル街や山並みの光景、夕暮れの空……。

 少しの間、慧夢は周囲の様子を見続けたが、目に映る景色に粒子化して崩れ去る様子は無い。


(――夢世界の崩壊が遅いのか? それとも、まさか……)


 不安感を覚え、慧夢は指輪の破片を見下ろす。

 視界に入った指輪の破片は、その一部が既に粒子化を始めていた。


 指輪の近くに放置されていた志月の手も、指先から崩れ始め……カラフルな粒子群に変わりつつある。


(指輪も手も崩れ始めた! 夢世界の方は?)


 再び慧夢は周囲を見回すが、夢世界自体に粒子化の兆しは確認出来ない。

 だが、志月の身体を汚している血や、アスファルトの上の血溜まりは、既に粒子化を開始しつつある。


 夢世界自体は崩壊を始めていないのに、破壊された指輪と志月の身体だけが、粒子化を始めているという現実は、慧夢にとっては想定外かつ認めたくは無い、信じたくは無い事実の証明であった。


「――夢の鍵は、指輪じゃなかったのか!」


 破壊された指輪が、既に再生の初期段階である粒子化を始めているのに、夢世界自体に崩壊の兆しすら無いのは、指輪が夢の鍵では無かったからに他ならない。

 陽志以外では夢の鍵の最有力候補であった、志月が陽志から貰った指輪が、夢の鍵では無かったという事実に直面し、慧夢は狼狽する。


 最有力候補であった陽志が、夢の鍵では無かった時と今では、状況が違う。

 陽志の時には、まだ他に色々と夢の鍵の候補が残っていたので、陽志が夢の鍵では無くとも、これからやるべき事が存在したので、今後の方向性は見えていたのだ。


 ところが、既に慧夢は思い付く限りの夢の鍵候補を破壊し、夢の鍵でないのを確かめ終えてしまっていた。

 最後にして、陽志に次ぐ有力な候補であった指輪が、夢の鍵ではないと判明した現状、これから自分が何をどうすればいいのか、慧夢には今後の方向性が、全く見えなくなってしまったのである。


 慧夢が戸惑い、混乱するのも無理は無い。


「だったら、一体何が……夢の鍵なんだ?」 


 呆然とした表情を浮かべつつ、うわ言の様な口調で、慧夢は自問する。

 その問いに対する答は、慧夢の頭には何一つ浮かんでは来なかった。




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