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130 籠宮、お前が見ている夢の中での話だ! この世界は夢の世界……お前は今、夢を見ているんだよ!

(こうなったら奥の手を使うしかない! もう他の夢の鍵候補は、全部試した後なんだ! ここが勝負どころ……ここで使うのがベストな筈!)


 奥の手というのは、この世界が夢だという真実を伝える事により、夢の主である志月の精神に衝撃を与え、隙を作り出す策。

 要は陽志相手に使ったのと、同じ策である。


 通常の夢世界の主だと、夢である事を知らされると、その時点で夢世界が崩壊してしまう場合も多い。

 でも黒き夢の場合、明晰夢状態となっても、夢世界は崩壊しないので、あくまで夢世界の崩壊は、夢の鍵の破壊によって引き起こさなければならない。


 二度目以降は、隙を作れる程の衝撃を与えるのは、ほぼ不可能と言える。

 故に、事実上一度しか志月相手には使えないので、ここぞという正念場でしか、使う訳にはいかないのだ。


 今こそが、その正念場だと考えた慧夢は、斬り合いが一時的に途切れたタイミングを見計らい、志月に声をかける。


「――俺が斬った鞄、見てみろよ」


 いきなり何を言い出すんだとでも言いたげな目で、志月は慧夢を見る。

 出刃包丁の切先を、慧夢に向けたまま。


 足元に落ちたままの鞄に目をやっても、その間に隙を突いて斬りかかったりはしないと意思表示する為、慧夢は斧を自分の背後に回して、数歩後退する。

 少しだけ鞄の方を見ても大丈夫だと、志月に思わせる為に。


「鞄見てみな、斬る前の状態に……元通りに戻ってるから」


「そんな事、有る訳無いじゃない!」


「見れば分かるよ、いいから見てみ」


 慧夢が数歩退いている現状、一瞥する程度なら大丈夫だと判断した志月は、慧夢の言葉を否定したかった為、あえて足元付近に落ちている鞄を一瞥してみる。

 直後、驚きの表情を浮かべる。


 すぐに目線を慧夢の方に戻すが、その後も何度か確認する様に、足元の鞄に目線を移動させる。

 先程、慧夢に斬り割かれた筈なのに、何時の間にか完全に修復されている鞄の姿を、志月は視認する。


「――嘘! だって、これ夢占君に斧で斬られたばかりなのに……」


 修復されている鞄と慧夢に、志月は交互に目線を移動させる。

 何が起こったのか分からないのだろう、驚きと戸惑い……不安感などが入り混じった、複雑な表情を浮かべている。


 慧夢と志月が戦っている間に、夢世界は慧夢に破壊された鞄を、再生してしまった。

 夢世界が作り出し、夢世界の主が破壊する事を望んだ物なら、自動的に再生はしないのだが、志月は愛用する鞄の再生を、心の中で望んでしまったのだろう、鞄は既に再生を終えている。


 夢世界の中……夢の中では、現実世界では起こり得ない妙な事が、幾らでも起こり得る(志月の夢の様に、異常なまでに現実に近いのは、むしろ珍しい部類)。

 そして、そんな事が起こっても、殆どの場合夢の主は、自分が夢を見ているなどとは気付かない。


 夢を見ている時、夢世界の中にいる時……夢の主の思考には、自分が夢の世界にいると考えるのを抑制する、何らかの機能が働く場合が多いらしいと、夢占流では考えている。

 故に、夢だと自覚出来る明晰夢というものは、珍しいのだろうとも。


 だから、夢の主が現実では起こり得ない光景を夢世界の中で目にして、それが異常な事だと認識したとしても、この世界が夢の世界であるなどと、考えたり気付いたりする可能性は低いのだ。

 その夢の中に、夢占の夢芝居能力者が入り込んでいて、この世界は現実の世界では無い……夢の世界なのだと、夢の主に教えない限り。


 そして、志月の夢世界には、その夢占の夢芝居能力者である慧夢が、入り込んでいた。


「現実の世界なら、斬り裂かれた鞄が直しもしないのに、元通りになったりしないよな?」


 慧夢の問いかけに、志月は何かを言いたげに口を開くが、何も答えずに閉じる。


「鞄だけじゃない、籠宮さんの兄貴の身体も俺の斧に斬り裂かれたのに、元通りに戻ってただろ?」


 自分の斧を志月に見せつけながら、慧夢は志月に問いかける。

 ちなみに、本人を前にしていない時は、「籠宮」と呼び捨てているが、夢世界の中とはいえ本物の志月相手なので、現実同様に「籠宮さん」と、慧夢は「さん」付けをする。


「兄さんが、斧に……」


 慧夢の話を聞いて、はっとした様に志月は目を見開く。

 昨日、陽志に聞いた話を、志月は思い出したのだ。

 斧を持った不審者に斬り殺されたという話を。


「いや、でも……あれは兄さんが見た夢の話で……」


 志月の話を遮る様に、慧夢は口を開く。


「確かに、俺が籠宮さんの兄貴を斧で斬り裂いたのは、夢の中での話だ。でも、それは籠宮さんの兄貴の夢の中での話じゃない!」


 斧を手にしていない左手で、慧夢は志月を指差しながら、言い放つ。


「籠宮さんが見ている夢の中での話だ! この世界は夢の世界……籠宮さんは今、夢を見ているんだよ!」


「――この世界が、私の夢?」


 信じられないと言わんばかりに、呆気に取られた表情を浮かべながらの志月の問いに、慧夢は頷く。


「元通りになった鞄が、その証拠だ! この夢の中では、籠宮さんが壊れて欲しくない物が間違って壊れると、勝手に元通りに戻っちまうからな、籠宮さんが楽しく過ごす為に! そんな事、現実では有り得ないだろ!」


 信じたくは無いが、斬り裂かれた鞄が直ってしまったのを目にしてしまった以上、慧夢の話が嘘だと否定し切る事が、志月には出来ない。

 信じたくは無い自分と、信じてしまいそうな自分が、志月の心の中で衝突し……混乱状態になる。


 そして、志月を混乱状態に追い込む事こそが、慧夢の狙いだった。

 心の中が混乱してしまえば、志月は隙だらけの状態となってしまうのだから。


 志月が見せた明らかな隙を、慧夢は見逃したりはしない。


(今だッ!)


 フランスパン護身術を開発する為に、ネット動画を見て真似した動きを思い出しながら、慧夢はジャンプして右脚を前に、大きく前進する。


(ボンナバンッ!)


 フェンシングにおける跳んで前進する動き……ボンナバンで、慧夢は一気に志月との間合いを詰めながら、斧を手にした右腕を振り上げる。


(これは夢の中! 本当に人を斬る訳じゃない!)


 この夢世界は、余りにもリアルで現実に近い為、慧夢は人に斬りつける事に対し、モラルのせいで躊躇いを覚えてしまう。

 そんなモラルに邪魔されぬ様に、心の中で自分に夢だと言い聞かせながら、慧夢は勢い良く斧を志月の左手首目掛けて振り下ろす。


 混乱状態で隙だらけの志月は、慧夢の奇襲に対処出来なかった為、斧は慧夢の狙い通りに、志月の左手首を捉える。

 鈍い音を発しながら、斧は志月の左手首を一撃で切断。


 志月の左手はアスファルトの上に落ち、志月の前腕部……左手首の切断面からは、シャワーの様に真紅の鮮血が噴出し始める。



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