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128 こいつとは夢の中でまで、相性が悪いんだな……

 夕陽に染まる川神学園の校門から、多数の生徒達が次々と校外に出て行く。

 部活動や委員会活動で放課後を過ごした生徒達が、家路につこうとしているのだ。


 徒歩で通える家が近い者達もいれば、川神市内や近辺ではあるが、徒歩で通うには遠い為、自転車通学が許されている者達もいる。

 電車通学をしている者達もいるが、駅は近いので歩きとなる。


 自転車に乗った三人の少女達が、校門から出て来て、校門の外で一時停止してから走り去って行く。

 友人グループである三人は、そのまま市の北側に向かって、住宅街を走り続ける。


 川神学園から相当に離れたが、三人の少女達と周囲の空間に、凍り付く様子は無い。

 何故なら、少女の一人が夢の主である志月だからだ。


 志月と絵里、そしてもう一人の親しい友人が、それぞれ所属する部は違うのだが、帰宅方向が同じなので、部活が終った後、一緒に帰っているのである。

 楽しげに会話しながら自転車に乗り走っている三人……というより志月は、自分が尾行されているのに気付いていない。


 慧夢が自転車で、帰宅中の志月を尾行しているのだ。

 気付かれぬ様に、百メートル程の距離を取りながら。


 籠宮家を後にした慧夢は、凍り付いた領域にあるファミリーストアで、お握りと緑茶という組み合わせの食事で、空腹を満たした。

 その後、志月を襲撃する為に、校門の近くに身を潜めて、家路につく志月を待ち構えていたのである。


 籠宮家に存在しそうな夢の鍵候補は、既に確かめ終えた。

 いよいよ本命である指輪……志月が常に身に付けている指輪の破壊に挑む為、慧夢は志月を襲うつもりなのだ。


 学園内ではなく、家路についてから襲撃する事にしたのは、なるべくモブのキャラクターが少ない場所で、慧夢は志月を襲撃したかった為。

 その方が成功確率が高いと、慧夢は考えたからである。


 慧夢が志月を襲撃すれば、志月は慧夢を明確に敵として意識するだろう。

 この世界のモブキャラクター達は、志月が夢世界で楽しく過ごせる様に行動するので、慧夢を明確に敵だと、夢世界における志月が認識したら、モブキャラクター達は慧夢の襲撃を邪魔する障害となる可能性が高い。


 故に、なるべく人気ひとけの無い状態で、慧夢は志月を襲いたかった。

 生徒が多数存在する学園内より、帰宅中……余り人がいない市の北側郊外の方が、襲撃するのには良いと、慧夢は判断したのだ。


 慧夢の狙い通り、市の北側郊外に近付くにつれ、人気は次第に無くなっていく。

 志月の友人も、まずは慧夢が名も知らぬ少女が、北側郊外に入った直後に別の道に別れ、続いて絵里も別の道に別れて家路についた為、志月は北側郊外で独りになった。


 市の北側郊外……畑の真ん中を突っ切る幹線道路であり、車通りは程々に多いが、人通りは疎ら。

 そのサイクルレーンを志月は独り、屋敷がある住宅街に向かって、自転車で走っている。


(これはチャンスだ! この道を走っている間なら、邪魔するモブキャラクターは殆どいない!)


 一定の距離を取り尾行を続けていた慧夢は、ここが勝負時と考え、ペダルを漕ぐ脚の回転を速め、自転車のスピードを上げる。

 メタリックブルーの自転車に乗った志月の後姿が、慧夢の視界の中で、次第に大きくなっていく。


 校門を出た後に一時停止した際、志月がネックレスを外して、ぶら下げていた銀色の指輪を、左手の薬指にはめる様な動きをしていたのを、慧夢は遠くからではあるが視認出来ていた。

 ターゲットである指輪は、既に左手の薬指にある筈だと、慧夢は認識している。


(指輪を寄越せと言って、渡す訳もないからな。左側から追いついて、左の手首ごと斬り落すか。その上で指から指輪だけ奪って、破壊すればいいし)


 現実世界であれば、物騒過ぎる様な策を、慧夢は頭の中で練っていた。

 あくまで夢世界だと分かっているからこそ出来る、過激な指輪の奪い方である。


 サイクルレーンは、自転車が二台並んで走れる程度の幅はある。

 だが、志月は歩道寄りの左側を走っていた為、サイクルレーンを走りながらでは、慧夢が志月に左側から追いつくのは難しい。


 故に、慧夢は途中でハンドルを左に切り、ガードレールの隙間から歩道の中に入る。

 人気は疎らであり、歩道を歩く人も辺りにはいないので、サイクルレーンの左側にある歩道から、慧夢は志月に追いついて、左手首を狙って斧で斬り付けるつもりなのだ。


 既に慧夢の右手は、開いた斧を手にしている。

 間合いも二メートル程まで詰まっているので、程無く慧夢は志月に追いついてしまうだろう。


 慧夢は気配は殺しているが、流石に自転車が立てる音までは消せないので、志月は歩道を走る自転車の存在には気付いている。

 無論、それが自分を襲おうとしている存在などとは、思いもしないだろうが。


 緊張で胸が高鳴り、嫌な汗が全身から噴き出るのを意識しつつ、慧夢は斧を振り上げる。

 慧夢の自転車は志月の自転車の横に、並ぶ様に走り始める。


 そして、慧夢が斧を振り下ろすべく、手首に狙いを定めた瞬間、志月が慧夢の方を振り向く。

 別に、志月は慧夢の襲撃に気付き、振り向いた訳では無い、単に歩道を自転車で走るルール違反をしている人間の存在に気付き、その方向を向いただけなのだ。


 人気の無い歩道を、自転車で走る程度のルール違反をする人間など、普通なら気にもとめないのだろうが、志月は生真面目な性格故に、そのルール違反が気になってしまった。

 そのせいで、志月はルール違反をしている人間がどんな奴か気になり、つい振り向いてしまったのだ。


 結果として、自分に向けて斧を振り下ろそうとしているクラスメートの姿を、志月は目にしてしまう羽目になる。


「――ゆ、夢占君?」


 大きな目を見開き、驚きの声を上げる志月の姿を目にした慧夢も、当然の様に驚いていた。

 同じサイクルレーンの中で強引に横に並んだのなら、志月自身の安全や運転に影響を与える可能性が高いので、振り返られる事もあるだろう。


 しかし、ガードレールの向こう側にある、歩道を走る自転車に追いつかれたからといって、志月が気にして振り返る可能性は低いと、慧夢は思っていたのである。


(このタイミングで、わざわざこっち向くか?)


 驚きと焦りの入り混じった表情を浮かべながら、慧夢は心の中で愚痴る。


(こいつとは夢の中でまで、相性が悪いんだな……)


 目の前にいる志月はモブキャラクターと違い、ある意味本物の志月と言える存在。

 現実世界で相性が悪いと感じている志月が、夢世界の中でも相性が悪いのは、ある意味当たり前なのかもしれないと、慧夢は思う。




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