12 こりゃ、俺……何か妙な役柄を、与えられてるみたいだな
(――海?)
途切れた意識が回復した事に、聞こえて来る波の音で気付いた慧夢は、心の中で自問する。
夢世界に入った直後、慧夢は僅かの間だが、意識が途切れるのだ。
慧夢は目を開け、自分が入り込んだ夢世界の景色を、確認する。
抜ける様な青空に、その空に負けぬ海の青、白い砂浜……南国のビーチを思わせる、目に鮮やかな景色が、慧夢の視界に飛び込んで来る。
肌を洗う、潮の香りのする風はは暖かく、陽射は肌に刺さる。
幽体として飛び込んでいるのだが、夢世界での感覚は、現実と殆ど変わりは無く、夢だと知らなければ、違和感など覚えないだろう。
(成る程、夢の光の渦が、青だったのは……青空と青い海の色だったのか)
夢世界が放つ光の渦の色には、夢世界の景色の色が、反映される場合があるので、そう慧夢は考えたのだ。
(南国のビーチリゾートで、バカンスでも楽しんでる夢なのかな?)
そう考えた慧夢は、とりあえず自分がいるビーチらしき砂浜を、歩いてみようとする。
だが、脚を動かしても……身体が動かない。
この段階に至って、ようやく慧夢は、自分が何かに拘束されている事に気付く。
首と両手首が、何らかの器具に固定されているらしく、身体が動かないのだ。
ちょうど、二本足で立ち上がった猫の様なポーズを取り、頭の左右で手首が固定されている感じ。
「ぬぉ……ぬあんあってんあ?」
驚きの声を慧夢は上げるが、まともに声が出ない。
慧夢は、「ど……どうなってんだ?」と言おうとしたのだが、口の中に何か……ボール状の何かが含まれていているせいで、ちゃんと言葉が喋れないのだ。
ボール状の何かは、ベルトっぽい物で、頭に固定されていて、吐き出す事も出来ない。
動かし難い頭を必死で動かし、自分の服装を慧夢は確認する。
そして、上半身は裸、下半身だけ……黒いビキニ風の、趣味では無い水着を穿いている状態なのを、慧夢は知る。
(こりゃ、俺……何か妙な役柄を、与えられてるみたいだな)
心の中で舌打ちをしながら、慧夢は呟く。
他人の夢世界に入った場合、慧夢は芝居の様に、その世界で何らかの「役」を与えられる場合と、そうでない場合がある。
役を与えられたかどうかは、夢の世界に現れた際の服装で分かる。
役が与えられている場合は、その役柄に相応しい格好に、慧夢の服装は変わっているのだ。
逆に、役が与えられていない場合は、幽体の時の姿のまま。
昨日の居眠りの際、素似合の夢世界に入った時、居眠りをした際の格好である学生服姿であったのは、その夢世界において、慧夢が役を与えられなかったからなのである。
明らかに幽体の時とは違う、水着姿。
口の中にボール状の物が入っていたり、首や手首が何らかの道具で固定されているという事は、この夢世界において、慧夢が何らかの役を与えられているのを意味している。
しかも、拘束されて喋れない状況にいるなど、明らかに普通ではない状況。
慧夢の認識通り、妙な役柄であるのは、間違い無いだろう。
(いったい、これ……どんな夢なんだ?)
どうやら、見ている人にとっては楽しい夢でも、入り込んだ自分にとっては、楽しくは無い系統の夢に、入り込んでしまったらしいと、慧夢は思い始める。
(とにかく、どうにか……これ外して、身体の自由を取り戻し、声を出せる様にならないと、このやばそうな夢から、出る事も出来ないからな!)
慧夢は身体を揺すり、拘束から逃れようとする。
肌に触れる感じと軋み方から、木枷の様な物で、自分が拘束されているらしいと、慧夢は察する。
だが、かなり激しく身体を揺すっても、拘束具は丈夫であり、傾いたり軋んだりはするが、外れたり壊れたりしそうに無い。
故に、慧夢は拘束から逃れられない。
「――随分と元気な奴隷の様だけど、まさか……このエドナ様から逃げようとか、逃げられるとか、そんな思い違いはしていないだろうねぇ?」
突如、慧夢は聞き覚えの無い、女の声に話しかけられる。
イントネーションが微妙に変で、日本人っぽく無い感じの、ややハスキーな感じの女の声。
声が聞こえて来たのは、慧夢には見れない背後から。
声の主は慧夢の左側から回り込み、慧夢の正面に移動する。
姿を現したのは、メリハリのある、性的な魅力に恵まれた肢体を、黒いワンピースの水着の様なコスチュームに包んだ、慧夢には見覚えのある顔の女性。
青い光の渦の中心にいた、慧夢が入った夢世界の主である、栗色の髪の白人女性……エドナだ。
水着の様な……と表現したのは、一見すると水着に見えるが、エドナが着ていたのは水着では無いから。
艶のあるエナメル製ボンデージファッションの、肌も露なベアトップのワンピース風アンダーウェアを、エドナは着ていたのである。