119 ゾンビゲーや映画じゃないけど、とどめはきっちりさしておかないと。中途半端は良くない
「本物の人間なら、この時点で死んでるんだろうけど、やっぱり頭を胴体から切り離すレベルで破壊しておいた方が、確実だよな」
見ているだけで気分が悪くなりそうな、血塗れで首が半分斬られている陽子の姿を確認した慧夢は、げんなりとした表情で続ける。
「ゾンビゲーや映画じゃないけど、とどめはきっちりさしておかないと。中途半端は良くない」
斧を構えると、慧夢は再び右から左に勢い良く振る、最初の一撃を食らわせた傷を狙って。
斧の刃は見事に傷を直撃、既に出血中だったのだが、更に勢い良く鮮血を噴出しながら、二撃目にして首は切断され、陽子の頭は病室の床に落ちて、真っ赤なサッカーボールの様に転がる。
「――これで確実に死んだ……というか、破壊した扱いになる筈だが?」
首の切断面から勢い良く噴出する、生温かい返り血を浴びた慧夢は、気色悪い思いを堪えつつ、辺りの様子を窺う。
夢世界の景色が、強風に吹き崩される砂の城の様に、崩れ去る光景を期待するが、それは起こらない。
代わりに、陽子の身体と頭だけが、病室を赤く染めた鮮血まで含めて、砂粒の如き粒子群となり、崩れ去ってしまう。
粒子群は三十秒程……病室の中を羽虫の群の様に飛び回った後、陽子が元々立っていた場所に集まり、あっという間に陽子の身体を元通りに作り上げてしまう。
「籠宮の母さんも、外れかよ……」
襲い掛かる前の状態に戻ってしまった、陽子や病室内の光景を目にして、慧夢は肩を落としつつ愚痴る。
凄惨な光景を目にして、心臓に悪い思いをしながら、それが無駄に終わってしまったので、どっと精神的な疲れが押し寄せたのだ。
「ま、これで人間の候補は確かめ終えたし、残りの夢の鍵の候補は物ばかり。こんな心臓に悪い思いは、二度としなくて良いんだと思えばいいか」
一度だけ深く溜息を吐いてから、慧夢は陽子に背を向けると、病室の出入口に向かって歩き出し、病室を後にする。
そして、病院での用事は終えたので、廊下と階段を早歩きで移動して、病院の建物を出ると、自転車置き場に停めてあった、盗んで以降乗り回し続けている、銀色のシティサイクルに乗ると、病院の敷地内を後にした。
朝の眩しい陽射に照らされた、畑の中を突っ切る道路を、慧夢は自転車を漕いで走る。
川神市は郊外に出ると、割と田畑が多いのだ。
北側郊外は凍った領域となっているので、車道を走る自動車や歩道を歩く人は、止まったまま動かない。
慧夢以外の全てが止まっているので、車も避け易い為、慧夢は車道の真ん中を、平然と突っ走っている。
途中、川神学園の制服を着た少女が、焦り気味の表情を浮かべ、自転車を漕いでいる姿のまま凍り付いているのを、慧夢は見かける。
この夢世界において、遅刻した少女という設定なのだろうと、慧夢は思う。
「――何つーか、色々と作りこみが細かい夢世界だねぇ。籠宮の性格のせいなのか、チルドニュクスの影響なのかは知らんけど」
制服姿の少女を見かけたせいか、夢世界における学校の様子が、慧夢は少しだけ気になり始める。
自分がいない夢世界の学校が、どんな風になっているのか、興味が湧いてしまったのだ。
もっとも、その興味に基づいた行動を起こす気など、慧夢には無い。
夢の鍵が学校にある可能性は、志月が身に着けている場合を除いて著しく低く、志月が身に着けている物を確認するのは最後にする予定なので、学校に行くのは現時点では無駄だからである。
「ま、興味本位の行動なんかに、割く時間は無いか……」
時間に余裕があるのなら、興味本位の行動をしても構わない。
だが、時間制限のあるミッションに、命懸けで挑んでいる今の慧夢に、そんな無駄な行動をする暇は無いのだ。
だが、興味本位という言葉から、ふと……慧夢は夢世界の昨夜、浴室を覗いて目にした、志月の裸体を思い出してしまう。
魅力的な志月の裸体を思い出し、慧夢は頬を染める。
「いや、あれは……ほら、あくまで夢の鍵の最有力候補である指輪を、籠宮が風呂に入る時に外すかどうかを、確かめる為に覗いたんで、興味本位で覗いた訳じゃないから!」
少し慌てて、自分で自分に言い訳をしてしまったのは、ある程度は興味本位の行動であった自覚を、慧夢自身が持っていたからなのだと言える。
気まずい気分になった慧夢は、思考を即座に切り替えようとする。
「――余計な事に頭を使ってる場合じゃない、これからの事を考えないと」
これからの事とは、今現在慧夢が向っている、籠宮家でやらなければならない事。
慧夢としては志月が不在の間に、屋敷の中で夢の鍵の候補を探し出し、片っ端から破壊しまくりたいのだが、それには大きな障害が存在するのである。
「籠宮の兄貴……どうすりゃいいんだか?」
籠宮家を探し回るのに、凍らない陽志の存在は、慧夢からしたら邪魔過ぎる存在。
陽志をどう扱うべきかという問題は、慧夢にとっては重要な悩み事であった。
思い悩んでも中々答が出ない問題について、考えを巡らせながら、慧夢は自転車を走らせ続ける。
籠宮家の屋敷がある、市の北端に広がる住宅街に向かって。
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