118 ま、本物の血のシャワーなんて、浴びた事無いけどさ
向かって右から左に、勢い良く振られた斧が、女の白い首筋を直撃。
確かな手応えを覚えながら、そのまま慧夢は斧を振るい、首を薙ぎ払おうとする。
鮮血が噴水の様に噴出し、病室だけでなく慧夢までもを赤く染める。
シャワー状に降りかかって来た血は生温かく、まるで本物だとしか思えないが、夢世界のキャラクターの血なので、本物では無い。
(ま、本物の血のシャワーなんて、浴びた事無いけどさ)
首の半分辺りで、斧の刃は肉と骨に遮られ、止められてしまう。
慧夢は斧を引き抜いて、襲い掛かっている相手の姿を確認。
今は血で真っ赤に染まっているが、先程までは真っ白だった、パンツスタイルの看護師用の白衣に、歳の割りにはスタイルが良い身体を包んでいる陽子の姿が、慧夢の目に映る。
何処と無く陽志に似ている顔立ちの陽子は、作業をしつつ病室の患者と話していた時の表情……笑顔のまま、硬直していた。
近くのベッドにいる老婆の点滴装置の、輸液パックを交換している途中で、陽子……だけでなく、籠宮総合病院は凍りついていた。
陽子が大志と共に病院に出勤し、勤務を始めて暫くしてから、籠宮総合病院の周辺地域は凍りついたのだ。
志月が通学の為に屋敷を離れ、結果として籠宮総合病院からも離れる事となった。
志月が籠宮総合病院から離れて、ある程度の時間が過ぎた為、動かしておくのは無駄だと判断し、夢世界が辺りのキャラクターの動きを、止めてしまったのである。
慧夢は大志と陽子の後をつけて、籠宮総合病院に辿り着いた後、ロビーで時間を潰していた。
今回は二人の相手を狙う為、凍る前に襲い掛かってしまうと、一人目はともかく二人目には警戒され、対策される可能性が高い。
それ故、籠宮総合病院辺りが凍りつくのを、慧夢は待ったのだ。
二人が凍りついた状態で襲った方が、二人目に警戒されたりせず、夢の鍵なのかどうかを確かめ易いと考えたので。
慧夢がロビーで待ち始めてから、そう時間は過ぎずに籠宮総合病院は凍りついた。
ロビーにいる人々は一斉に、リアルな蝋人形の様に動かなくなった。
即座に慧夢は、籠宮総合病院の中を、大志と陽子を探し回り始めた。
大志が外科であるのは、志津子の夢世界での会話を聞いて知っていたので、まずは病院内に幾つもある手術室を巡り、慧夢は大志を捜索。
案の定、手術室で手術の準備を整えていた大志を発見した慧夢は、身動き一つしない大志の首に斧で斬りかかり、頭と胴体を切断。
山葵色の手術着を真紅に染め上げつつ、慧夢は大志の身体を破壊したのだ。
手術室の床に転がった大志の頭は、少しの間……そのまま動きを見せなかった。
だが、いきなり頭だけでなく、胴体や噴出した鮮血に至るまで、砂粒の様な細かい色とりどりの粒子群と化して、完全に分解されてしまった。
大志であった粒子群は、蚊柱などの膨大な数の虫の群を思わせる動きを見せた後、大志が立っていた場所に集合。
コンピューターグラフィックスで、リアルな人間の3Dモデルを作り上げる過程を、映像の早回しで見ているかの様な光景を見せながら、あっという間に大志の身体は、再生されてしまったのである。
慧夢により破壊される前の、手術の準備を整えていた時のポーズのまま。
手術室の床や壁、慧夢が浴びた血なども完全に消え去り、慧夢による破壊や殺害は、既に跡形も無い状態。
「――籠宮の親父さんは、外れか」
破壊されても、夢世界が崩れる様子は無く、崩れ去ったのは大志のみ。
しかも、あっという間に再生されてしまった以上、大志は夢の鍵では無かった事になる。
本物ではないと分かっているとはいえ、人間の姿をしている相手に斧で斬りかかるのは、それだけでも気分が悪い。
しかも、返り血の温度までもがリアルさを感じさせるので、慧夢は相当に心臓に悪い思いをしながら、夢の鍵なのかどうかを確認したのだ。
その結果、大志は違ったので、慧夢としては気分が悪い思いをしただけの、骨折り損のくたびれ儲け状態といえる。
げんなりとした気分で手術室を後にすると、今度は陽子を探して、慧夢は病院内を巡り始めた。
看護師である陽子の場合、大志と違って居そうな場所が絞り込めなかったので、慧夢は陽子を探して七階建ての病院中を、巡り続ける羽目になった。
そして、多数の病室や診察室、処置室や療法室などを探し回った挙句、四人部屋の病室で、老婆の点滴装置の輸液パックを交換中のまま、凍り付いていた陽子の姿を、慧夢は発見したのである。
大志に斬りかかった時の光景を思い出し、慧夢はげんなりとしたのだが、陽子が夢の鍵かどうかを確かめない訳にはいかない。
深く溜息を吐いてから、慧夢は陽子の首を狙い、斧で薙ぎ払う様に斬りかかった。
だが、一撃目では首を切断出来なかった為、一度斧を首から引き抜いて、陽子の姿を確認しているのが、今現在な訳である。