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117 六月十六日を迎えると同時に、死を迎えるんだから、あと実質六日弱。それまでに目覚めないと、慧夢は……

 手紙に目を通している和美の顔から、血の気が急速に失せて行く。

 青褪めた表情のまま、手紙を読み続ける和美の手は、細かく震えている。


 一度、最後まで読み通してから、心を落ち着ける様に、和美は深呼吸をする。

 その上で、もう一度……和美は手紙を読み通す、信じたくは無い話ばかりが書かれた手紙を、現実として受け入れる為に。


「『夢の鍵を壊せないと、俺の幽体は籠宮の霊魂同様、あの世に送られてしまい、俺は死んでしまうらしいです』って書いてある……間違い無く」


 慧夢に死の危険が有るという趣旨の文面が、読み違えではないと思い知り、和美は眩暈めまいを覚える。

 両脚から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。


 自分に死ぬ可能性がある事を伝える、息子からの手紙を読んで、気が動転しない親などいないだろう。

 慧夢本人は手紙の遺書臭さを、書き直して消したつもりだったのだが、読んだ和美からすれば、万が一の部分の文章だけでも、十分過ぎる程に遺書風であったのだ。


 動悸と呼吸が乱れたので、和美は再び深呼吸を繰り返す。

 一分程呼吸を整えたお陰で、次第に動悸の方も乱れが収まって行く。


 和美は床に座り込んだので、ベッドの上に寝ている慧夢と頭の高さが揃い、顔が近付く。

 右手を慧夢の頬に伸ばし、生きているのを確かめる様に撫でる。


 肌から伝わる体温と、寝息のせいだろう、僅かな動きが伝わって来る。

 不安気にしかめられた表情に、仄かにではあるが安堵の色が混ざる。


 多少、落ち着いたせいか、慧夢の頭の近く……ベッドボード上の時計が、時間だけでなく日付を表示しているのに、和美は気付く。


「――六月十日の、午前七時三十二分」


 和美は手紙の表記を確認。


「六月十六日を迎えると同時に、死を迎えるんだから、あと実質六日弱。それまでに目覚めないと、慧夢は……」


 考えたくは無い可能性が、和美の頭に浮かんで来る。

 そのネガティブな考えを頭の中から追い出したいと思いつつ、和美は手紙を読み直し、ある事に気付く。


「――籠宮志月? 籠宮って珍しい苗字だし、あの病院やってる家族の娘さんなのかな、この志月って娘?」


 あの病院……籠宮総合病院の存在を、和美は元から知っていた。

 ただ、和美が志月の名前を見て気付いたのは、単なる街で有名な医者一族という事だけでは無い。


 慧夢が籠宮総合病院の医師である、大志を助けた事について、その妹であり籠宮総合病院の医師である志津子から、謝礼の電話を貰ったのを、和美は思い出したのだ。

 その事について昨夜の夕食時、唆夢を含めた会話において、慧夢が喋った言葉も、和美の頭に甦る。


「いや、それ……出歩いてたんじゃなくて、幽体離脱して空飛んでたら、道路で倒れてる人見付けたんで、身体に戻って現場にチャリで駆けつけて、救急車呼んだだけだよ」


 そして、わざわざ事故現場である市の北側郊外辺りを、慧夢が幽体離脱して飛んでいた理由を、和美は推測する。


「籠宮総合病院の娘さんが、永眠病を発症したなら、籠宮総合病院に入院するよね」


 和美は手紙の、「既に外部から確認し、永眠病状態になっている籠宮の夢世界が、黒き夢であるのは確認済み」という記述を確認。


「慧夢が市の北側郊外辺りを飛んで、事故を発見したのは、志月って娘の夢世界について、黒き夢なのを確認したり、慧夢が幽体になって調べて回っていたからなのかも」


 実際は、慧夢が志月の夢世界が黒き夢なのを確認したのは、事故を起こした大志を助けた晩よりも前になる。

 だが、慧夢が志月について調べる為、籠宮総合病院辺りを幽体となって飛び回っていたのは事実なので、和美の推測は概ね正しいと言える。


 息子が人の命を救う為、密かに色々と準備をしていた事に、和美は気付いた。

 そして、今更それに気付いた自分の鈍さを悔やみつつも、慧夢が安易に行動を起こした訳ではなく、色々と調べた上で行動を起こしただろう事を悟り、少しだけ安堵する。


「――頭は悪く無い子だから、十分に調べて準備を整えた上で、やるって決めた筈よね」


 自分に言い聞かせる様な口調で、和美は独白を続ける。


「慧夢も万が一って書いてる程度に、失敗する確率は低いんだから、ちゃんと目を覚ますに決まってる。大丈夫よ……大丈夫、心配し過ぎる方が良くない」


 そう考えたせいか、ある程度落ち着き、余裕を取り戻した和美の目に、「父さんも母さんも心配しないで、俺が目覚めるのを待っていて下さい」という一文が映る。

 そして、慧夢の置手紙が、自分にだけ宛てたものではないのに、和美は気付く。


「そうだ、唆夢くんにも知らせないと!」


 和美はジーンズのポケットから、スマートフォンを取り出そうとするが、ポケットの中には入っていない。

 ダイニングキッチンのテーブルの上に、スマートフォンを置いたのを、和美は思い出す。


 唆夢に連絡を取る為、即座に立ち上がって踵を返すと、和美は手紙を手にしたまま、部屋の出入口に向かって歩き出す。

 和美は途中で一度立ち止まって、ベッドの方を振り返り、眠り続ける慧夢の姿を眺める。


 数秒間眺めてから、身体の向きを出入口の方に戻すと、和美は部屋を出て、階段を駆け下りて行く。

 唆夢に電話をかけ、何が起こっているのかを伝える為に。


    ×    ×    ×




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