115 慧夢! もう七時半よ! まだ寝てるの?
テーブルに置かれた、居間にある物の半分にも満たない小型のテレビは、朝のニュースを流している。
深刻なニュースが少ないのか、流行のB級グルメを伝えるものなど、気楽なネタが続いている。
朝日が射し込んでいる、明るいダイニングキッチン。
ジーンズに白いTシャツ姿の和美は、シンクの前で皿を洗いながら、テレビの音だけを聞いていた。
唆夢は既に仕事場に向ったので、家にはいない。
仕事に向う時刻が遅い日は、学校が近い慧夢と共に朝食を摂るのだが、今朝は違うので、和美と二人で朝食を摂った。
和美が洗っている皿は、朝食を終えた二人の物で、慧夢の分はラップをかけられた皿が、テーブルの上に置かれたままである。
「――午前七時三十分、天気予報の時間です!」
テレビが女性アナウンサーの声で、現在時刻を和美に伝える。
「もうそんな時間? 珍しいな、慧夢が寝坊なんて」
幾ら家から近い学校に通っているからといって、普段の慧夢なら午前七時半には、シャワーを浴びたり朝食を摂っていたりするのだ。
ところが今朝の慧夢には、起きている気配すら無い。
まだ起きて来ない慧夢を、和美は寝坊していると思ったのだ。
和美は皿洗いを中断し、タオルで手を拭くと、ダイニングキッチンの出入口に向う。
廊下に出た和美の耳に、二階から僅かではあるが、目覚まし時計のベルの音が聞こえて来る。
「慧夢! もう七時半よ! まだ寝てるの?」
和美は大声で、二階の部屋にいる慧夢に声をかけるが、二階からの返事は無い。
「目覚まし鳴ってるのに、寝てるみたいね」
呆れ顔で呟くと、和美は階段を上がり始める。
そして、パーカッションの様な足音を立てながら、階段を上がった和美がドアを開けと、部屋の中から喧しい目覚まし時計のベルの音が響いて来る。
「良くまぁ、こんな五月蝿い音がするのに、起きずにいられるわ」
小声で愚痴ってから、和美は慧夢に声をかける。
「何時まで寝てるの? 起きなさい! 遅刻するよ!」
かなりの大声を発したのだが、ベッドの上で寝息を立てている慧夢には、起きる様子は無い。
和美の大声など聞こえていないかの様に、五月蝿げな反応すら見せない。
「――これでも起きないなんて、本格的に眠ったままか」
和美は困り顔で頭を掻きながら、慧夢の部屋の中に足を踏み入れる。
そして、ベッドに歩み寄るにつれて、眠っている慧夢の格好の異常に気付く。
「え? 制服に……靴? どういう事?」
制服だけなら、着替えた後で二度寝してしまったとも考えられる。
だが、家では靴を脱ぐ日本の家の中で、ベッドで寝ているのに靴を履いている慧夢の姿は、明らかに異常であった。
目覚まし時計が鳴り響いているのに起きない上、ベッドで寝ているのに制服姿で、靴まで履いているのを目にして、和美は息子の様子がおかしい事を察した。
戸惑い気味の表情を浮かべつつ、和美は慧夢を起こすべく、声をかけながら身体を揺すり始める。
「慧夢、起きなさい! 慧夢!」
だが、慧夢は寝息を立てたまま、起きる様子は無い。
かなり激しく身体を揺すられ、耳元で大声を出されても、慧夢は反応を見せない。
耳元に口を寄せたので、ベッドボードの上に置かれた目覚まし時計が、和美の視界に入る。
五月蝿い上に、慧夢を起こす役目を果たせない目覚まし時計を、和美は手に取ると、背面についている、やや複雑な操作のダイヤルを操作し、ベルを止める。
そして、目覚まし時計を元の場所に戻そうとした和美は、ベッドボードの上……目覚まし時計が置かれていた所に置かれた、自分と唆夢宛の手紙の存在に気付く。
「『父さんと母さんへ』って……何これ?」
和美は慧夢の置手紙を手に取ると、「父さんと母さんへ」以外には、慧夢の名前だけが書かれた一枚目を捲り、本文を読み始める。
嫌な胸騒ぎがした為、不安気な表情を浮かべながら。
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