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114 いや、今のは不可抗力だから! わざとじゃないから! 籠宮がいきなり立ち上がるから、見えちゃっただけだから!

 椅子に深く腰掛けているかの様に、志月は浴槽に浸かっていた。

 左腕は浴槽の縁を肘掛として利用し、右腕は湯の中に没している。


 濡れて上気した肌や緩み切った表情は、あでやかさを醸し出し、学校で目にする生真面目そうで、厳しい感じの志月とは、まるで別人の様。

 身体の多くの部分は湯に隠されてはいるが、揺らめいているとはいえ湯は透明なので、志月の裸体の隠されている部分すら、見えないという訳では無い。


 しかも、程良く膨らんだ形の良い胸の殆どは、露になっている状態。

 湯の表面の波打ち具合によっては、先端が湯から顔を出しかねない状態。


 慧夢は本来の目的を忘れて、つい魅惑的な志月の裸体……特に胸の辺りに、目線を吸い寄せられてしまう。

 胸の鼓動を、少しだけ速めながら。


(――あのサディスト女程じゃないにしろ、意外と色っぽい身体してんのな、籠宮の奴。いや、ほんと……つくづく知らない事だらけだ)


 サディスト女とは、慧夢がSMプレイを経験する羽目になった夢世界の主、エドナの事だ。

 夢世界で女性の裸を目にした経験は何度もあるのだが、志月の前に目にした裸がエドナのだったので、つい慧夢はエドナの裸と比べてしまったのである。


 これまで慧夢が夢世界で目にした女の裸は、エドナを含めて殆どが現実世界では無関係な、知らない相手。

 だが、ごくたまにではあるのだが、現実世界で関係がある女性の裸を、慧夢は目にした経験もあった。


 現実世界で関わりが無い相手よりも、関わりがある相手の裸を目にする方が、夢世界の出来事とはいえ現実感が強まるのだろう。

 慧夢が覚える性的な好奇心や興奮は、現実世界で関わりがある女性の裸を見た時の方が、経験上強い傾向がある。


 故に、慧夢は性的な好奇心や興奮に負け、つい志月の裸に見惚れ続けてしまう。

 本来の目的を忘れて。


(このまま湯船から上がるとこまで見続けたら、あそこも見えるんじゃ……ん? あそこじゃなくて、他に見なきゃならない物があった気が……)


 そう心の中で呟いた慧夢は、流石に自分が目的を見失い過ぎているのを自覚する。

 数分の間、志月の裸に見惚れ続けた後での話だが。


(そうだ、指輪だ! 悠長に籠宮の裸を覗いてる場合か! 裸見るのが目的じゃなくて、指輪確認するのが目的だろ!)


 ようやく本来の目的を思い出した慧夢は、慌てて志月の左手に目線を移す。

 肘掛の様に浴槽の縁に置かれた左手の薬指に、銀色の指輪が輝いているのを、慧夢は視認する。


 ハートのマークは流石に分からないが、シルバーリングに間違いは無い。


(籠宮は入浴時でも、指輪を外さないんだな。だったら、やっぱり指輪は後回しにするしかないか)


 ようやく目的を果たし終えた慧夢は、心の中で呟き続ける。


(現実よりも、相当に時間の進み方が速い夢世界って事は、籠宮は殆ど眠らないだろうから、夜……眠ってる時に部屋に忍び込んで、指輪盗むのも無理だろうし)


 夢世界の中で、長い時間が過ぎる夢の場合、夢の主が眠る事もある。

 だが、眠っている時に存在する夢世界の中で、わざわざ夢の主が長時間眠るケースは少数派。


 大抵の場合、夢の主は夢世界の中で眠りについても、すぐに目覚めてしまうのだ。

 夢世界の中で夜に眠る場合なら、夢の主が眠った直後に夢世界が朝を迎えてしまい、夢の主が目覚めるといった風に。


 無論、中には夢の主が夢世界の中で、長時間眠り続ける場合もある。

 だが、現実よりも相当に時間の進み方が速い夢世界の場合、大抵は夜……眠った直後に朝が来て、夢の主が目覚めてしまう形で、夜の相当部分が一瞬で過ぎ去ってしまうのだ。


 志月の夢世界は、現実世界よりも二十日も日付が先に進んでいる程、時間の進み方が速い。

 故に、夢の主である志月は、夢世界の中では殆ど眠らないだろうと考え、眠っている間に指輪を盗むのも無理だろうと、慧夢は考えたのである。


(取り敢えずは、籠宮が身に着けていないもので、夢の鍵の可能性が高そうな物を、片っ端から壊していくしかないか……って、ええええッ?)


 慧夢は思わず両目を見開き、驚きの声を上げそうになるが、何とか口元を両手で抑えて、事無きを得る。

 元から多少、速くなっていた胸の鼓動が、驚きと興奮で一気に加速する。


 声を上げそうになる程、慧夢が驚いたのは、いきなり志月が湯の音を響かせながら、浴槽の中で立ち上がったからだ。

 要するに、これまで透明とはいえ、湯に隠されていた全身が、窓越しとはいえ慧夢の目の前に、露になったのである。


 立ち上がった反動で揺れる胸の膨らみや、慧夢が「あそこ」と表現した部分までもが、見えてしまったのだ。

 慧夢が驚き興奮し、声を上げそうになるのも無理は無い。 


(み……見ちゃった)


 浴槽から上がり、シャワーの方に向った志月を目で追いながら、慧夢は心の中で呟く。

 身体の向きが変わったせいで、横からではあるが、これまでは見えなかった引き締まった尻までもが、慧夢の視界に入ってしまった。


(いや、今のは不可抗力だから! わざとじゃないから! 籠宮がいきなり立ち上がるから、見えちゃっただけだから!)


 慧夢は心の中で言い訳をしつつも、流石にこれ以上、覗き続けるのはまずいと思い、風呂の窓から後ずさりする様に退いた。

 そして、志月が湯上りのシャワーを浴びる音を耳にしつつ、慧夢は浴室付近を後にした。


 本音では、もう少しだけ覗いていたい気もしていた為、後ろ髪を引かれる思いを、抑えながら……。


    ×    ×    ×





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