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108 食事しといて良かった、こんな匂いを腹が空いたまま嗅いだら、気が散って仕方が無かっただろうし

 既に夜の帳が下りている、志月の夢世界における川神市北側の住宅街。

 街並に合わせているのか、古びた趣のデザインの街灯が、誘蛾灯の様に羽虫を集めている。


 街灯から少し離れた薄暗い壁際に、自転車が停めてある。

 夢世界の中で、慧夢が乗り回している自転車だ。


 籠宮家の近くに辿り着いた時、辺りは殆ど夜になっていたのだが、慧夢は数奇屋門の近くで、志月と陽志の姿を目にした。

 二人は籠に買い物袋が入った自転車を、門の中に入れようとしていたので、買い物帰りであるのが、慧夢には容易に推察出来た。


 数奇屋門の近くに志月や陽志がいた為、慧夢は屋敷の反対側に回り込み、街灯の近くに自転車を停めた。

 そして、自転車のサドルを踏み台に壁を乗り越え、慧夢は籠宮家の敷地内に、侵入したのである。


(中が覗ける窓があればいいんだが、みんなカーテン閉められちゃってるな)


 カーテンに覆われて室内が見えない窓を見ながら、慧夢は口惜しそうに呟く。

 志月と陽志は帰宅後、庭に面したガラス戸や、他の窓などのカーテンを引いてしまった為、慧夢からすると、屋敷の中を覗き難い状態になってしまった。


 屋敷の中を覗くのに良さそうな場所を探して、敷地内をうろうろしていた慧夢は、ダイニングキッチンの外の辺りに辿り着く。

 音を立てて換気扇から漏れ出て来るのは、焼かれる肉の脂と、焦げた醤油やショウガの匂い。


(料理始めたみたいだが、豚肉のしょうが焼きってとこか?)


 香ばしい匂いを嗅ぎつつ、慧夢は心の中で呟き続ける。


(食事しといて良かった、こんな匂いを腹が空いたまま嗅いだら、気が散って仕方が無かっただろうし)


 お握りで空腹を満たしたお陰で、気が散る程では無いのだが、食べられもしない料理の匂いなど、矢張り嗅いでも楽しくは無い。

 香ばしい匂いから逃げる様に、換気扇がある辺りから少し離れた辺りに、慧夢は移動する。


 すると、慧夢は移動した先の近くにあった、ダイニングキッチンの窓の一部から、強い光が漏れている事に気付いた。


(何だ?)


 その強い光が気になった慧夢は、近くにあったポリバケツを逆さにした踏み台に乗り、その窓に近付いて状態を確認。

 強い光が漏れていたのは、その窓でカーテン代わりに使われていた障子に、穴が開いていたからだった。


(ダイニングキッチンのデザインが和風寄りだから、窓にカーテンじゃなくて障子を使ったってとこか?)


 慧夢が推測した通り、ダイニングキッチンのデザインに合わせて、陽射や外からの視線を遮る為、窓を覆うのにカーテンではなく障子が使われているのだ。

 穴が開いているのは、陽志が事故死する数日前に、窓を拭こうとして障子を破いたのが、そのまま夢世界でも再現されているのである。


 障子の穴から、ガラス窓越しに覗き込んでみた慧夢の目に、ダイニングキッチンで夕食の準備をしている、志月と陽志の姿が映る。


(お、結構ちゃんと中が見えるじゃん! こりゃいいや!)


 更に、窓に顔を近付けたせいか、志月と陽志の会話も、小さくではあるが聞こえて来るのに気付き、慧夢はほくそ笑む。

 換気扇からも離れている為、換気扇の音も、大して盗み聞きの邪魔にはならない。


(覗けるだけじゃなくて、ダイニングキッチンに近いから、会話も聞き取れるじゃないか! 中の様子を探るには、ピッタリだ!)


 此処を取りあえずの情報収集の場と決め、慧夢は覗きと盗み聞きを開始。

 料理の音に紛れて聞こえる会話に聞き耳を立てながら、志月と陽志の様子を観察し始める。


 換気扇の辺りから離れている窓なのが幸いしたのか、ちょうど慧夢が覗く窓からは、ガスコンロの辺りが、右の奥の方に見える。

 ガスコンロの前では、陽志がフライパンで肉を焼いていて、その隣の台所天板(シンクの隣にあるキッチンカウンター部分)では、シンクで洗った野菜で、志月がサラダを作っていた。


(普段から、兄妹で夕食作ってるって感じだな)


 とりとめの無い会話をかわしつつ、楽しげに台所作業をする二人の姿が、慧夢には慣れた感じに見えた。

 陽志が肉を焼き終えるタイミングを見計らった様に、志月が台所天板に並べた皿の片側に、作り終えたサラダを盛り終えたりするのは、二人でキッチンに立つのに慣れているからこそだろうと、慧夢には思えたのだ。


 調理を終えた二人は、台所天板からテーブルに、料理が盛られた皿を移す。

 皿の枚数は四枚、志月と陽志の分だけでは無い。


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