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105 何だ、このお握りの山は? お握りしか並んでないじゃんか!

 慧夢の目に映る、夕暮れに染まる街の景色は、普段と何も変わらぬ様に見えるのだが、通行人や自動車は写真であるかの様に、微動だにしない。

 夢の主である志月から離れた通りに、慧夢はいるからだ。


 川神市北側郊外にある、国道沿いのコンビニエンスストア……ファミリーストアの前に、慧夢はいるのである。

 籠宮家から逃げ出した慧夢は、自転車で走り回っている内に、北側郊外に辿り着いた。


 自転車で走り回ったせいか、それとも緊張が解けたせいか、慧夢は空腹を覚えたので、何か食べようと思ってファミリーストアに向ったのだ。

 大志を助けた時の経緯から、北側郊外にあるファミリーストアの位置は、全て記憶しているので、ファミリーストアを選んだのである。


 無論、夢世界の川神市における建物の位置などは、現実世界と同じではない可能性もある。

 だが、志月の夢は現実と近く、現実と同じ場所にファミリーストアが在ったのは、慧夢にとっては幸運だった。


 ガラス戸越しにファミリーストアの中を、慧夢は覗き込む。

 現実世界のコンビニエンスストア同様に、いかにもな感じの商品が並んでいて、店員と数名の客は凍った状態。


 商品が並んでいる店内を見ながら、慧夢は嬉しそうに呟く。


「ちゃんと中がある……籠宮の家と病院の間にあるから、たぶん籠宮が使った事があるコンビニなんだろう」


 志月の頭の中にある、情報を元に作り出されたのが、この夢世界。

 志月の性格のせいか、異常に現実に近く見える夢世界であっても、完全に現実の世界通りに、出来ている訳では無いのだ。


 夢世界の全ての建物に、中身が存在する訳では無い。

 志月が知らなかったり、利用する可能性が皆無だったりする建物の中身は、空っぽの可能性もある。


 慧夢が訪れたファミリーストアは、川神市の北側住宅街にある籠宮家と、北側郊外にある籠宮総合病院の間にある。

 故に、志月が利用した経験が有り、店内の様子を知っている為、その情報を元に店内が作り出されているのではないかと、慧夢は考えたのだ。


 店内に入り、慧夢は空腹を満たす為の食べ物を物色する。

 すると、通常のコンビニなら弁当やお握りが並んでいるコーナーの棚が、全てお握りで埋め尽くされているのに気付く。


「何だ、このお握りの山は? お握りしか並んでないじゃんか!」


 米の白と海苔の黒が、市松模様を描いているかの様な、お握りだらけの食品コーナーを目にして、慧夢は驚きの声を上げる。


「籠宮の好物なのかねぇ? 現実に近い夢世界だけど、意外なとこに趣味が反映されていやがんの」


 夢世界の中が、夢の主の趣味趣向に影響を受けるのは、ごく当たり前の事。

 珍しい程に現実に近い夢世界であっても、夢の主の影響を受けている部分は、あって当然なのだ。


「ここで普段、お握りばっか買ってるのかもしれないな、籠宮の奴」


 棚に手を伸ばし、慧夢は梅干と塩昆布のお握りを選んで手に取ると、今度は飲み物が並んでいる冷蔵庫の前に移動する。


「――今度は茶畑状態か」


 萌黄色や青黄色の緑茶が詰まったペットボトルが、ずらりと並んだ冷蔵庫を前にして、慧夢は呆れ顔で呟く。


「お握りだけじゃなく、緑茶も好きなのかな?」


 ドアを開けながら、慧夢は自問する。

 冷蔵庫のドアを開けると、冷気が流れ出て来たので、慧夢は寒さに少しだけ身を震わせる。


 どれを選んでも大差無いだろうと思った慧夢は、適当に緑茶のペットボトルを選んで手に取り、ドアを閉める。

 窓際にイートインスペースがあったので、慧夢は窓際に移動し、イートインスペースの木製の長椅子に腰掛けると、ペットボトルとお握りを膝の上に置く。


 お握りの包装を剥がすと、ご飯の甘い香りと酸っぱそうな梅干の匂いがする。

 現実世界の梅干のお握りと、殆ど違いが感じられない。


 慧夢はお握りに口をつけ、食べ始める。

 冷たくも塩気のある甘いご飯に、角のとれた酸っぱさの梅干は、歯応えも味も本物を食べているとしか思えない。


「良い出来じゃん。これだけちゃんと再現されてるという事は、やっぱ好物なんだろう、籠宮の」


 夢世界の食べ物は、夢の主が良く知っている……好きな食べ物程、現実と近いレベルで再現される確率が高い。

 食べた事が無かったり、余り食べた事が無いのか、味に関する記憶が曖昧な物だと、見た目は本物みたいでも、本物とかけ離れた味がする場合も多いのだ。


 逆に、嫌いであるが故に、はっきりと味を記憶している場合もあるので、例外は幾らでも存在するのだが、この夢世界はチルドニュクスが志月に見せている、幸せな夢の筈。

 故に、わざわざ嫌いな食べ物を、リアルに再現しているとは思えないので、お握りは志月の好物なのだろうと、慧夢は考えたのである。


 お握りに続いて、口にしたペットボトルの緑茶を飲んだ慧夢は、感想を口にする。


「こっちも美味いけど……お握りに緑茶って、渋い趣味してんのね……籠宮」


 緑茶のペットボトルを眺めながら、慧夢は淡々とした口調で、ぼそりと呟く。


「ほんと、知らない事だらけだよな、籠宮については」


 そして、お握りを食べては緑茶を飲むという食事を、慧夢は続ける。

 美味いお握りと緑茶で、空腹を満たし喉の渇きを潤しながら、慧夢は考え事を始める。


 先程目にしたばかりの、殺した筈の陽志の身体が、殺人を記録した映像を逆回しするかの様に、元通りになった理由について、慧夢は考え始めたのだ。

 一応、その理由についての仮説は、既に頭の中で組み立てられていたのだ……慧夢にとっても信じ難い仮説だったのだが。



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