101 ――人間じゃない、こいつは作り物……ゲームで殺すのと同じ、人間じゃない……
(やらなきゃ!)
完全に存在を気付かれた以上、慧夢は即座に行動を起こすしか無い。
右手に持った斧を振り上げ、興奮状態の勢いに任せて陽志に飛び掛り、雄叫びを上げながら斧を陽志に振り下ろす。
(ゲームと同じだ! こいつは本物の人間じゃない!)
心の中で自分に言い聞かせながら、慧夢が振り下ろした斧は、身を守ろうとしたのだろう、慧夢の前に突き出された陽志の右腕の手首を直撃。
斧はあっさりと右腕を斬り落し、慧夢の視界の半分程が真っ赤に染まる。
激痛に悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちた陽志を、慧夢は追撃。
再び振り上げた斧で、今度は陽志の頭を狙い、勢い良く振り下ろす。
パニック状態の陽志には、上手く攻撃をかわす余裕すら無い。
言葉にならない声を口から漏らしながら、血塗れで滑る床の上で慌てふためくだけで、防御や回避……反撃など、出来る状態では無い。
故に、慧夢の振り下ろした斧は、狙い通りに陽志の頭を直撃。
ホラー映画のスプラッターシーンの様に、陽志の頭は額の辺りで、ぱっくりと斧に割られてしまう。
手首どころでは無い鮮血が噴出し、血が混じっているせいだろう、透明感のあるピンク色の脳漿や、血のせいで赤味がかったクリーム色の脳片などまでもが、辺りに飛び散る。
「――人間じゃない、こいつは作り物……ゲームで殺すのと同じ、人間じゃない……」
興奮状態の慧夢は心の中ではなく、うわ言の様に呟きながら、斧を何度も陽志に振り下ろし続ける。
頭を中心に首や肩などを滅多打ちにして、返り血に全身を染めつつ、陽志を確実に殺そうとする。
そして、何度も陽志の首に斧を振り下ろした結果、頭と身体が完全に切り離された段階に至り、ようやく陽志を殺したと確信し、慧夢は斧を振り下ろすのを止める。
辺り一面が鮮血で真っ赤に染まり、肉片が至る所に落ちている、まさに地獄絵図の様な状況の中、慧夢の興奮は急速に鎮まって行く。
「やった……やったぞ……」
目に映る光景に恐怖しない訳では無かったが、夢世界で人を殺すのは初めてでは無い。
戦争や犯罪など、人を殺したり殺されたりする様な夢に入ってしまった経験もあるので、慣れている訳では無いにしろ、慧夢はパニック状態に陥ったりはしないのだ。
「これで、黒き夢は……籠宮の夢世界は崩壊して、籠宮は目覚める筈……」
何時も目にしている、夢世界が消え去る時の光景……。
強風に吹き飛ばされたり、波に洗われたりして崩れ去る砂の城の様に、夢世界の全てがカラフルな砂粒の如き粒子群となり、崩れ去り……消え去って行く光景が現れるのを、慧夢は期待する。
だが、慧夢の期待は裏切られ、夢世界が崩れて消え去る兆候は、現れる様子が無かった。
少しの間待ち続けたのだが、兆候も現れないので、焦れた慧夢は自問する。
「どういう事だ? まだ殺せて……壊せてないのか?」
慧夢は明らかに死体と化している、陽志を見下ろす。
幾ら何でも、頭と身体を切り離したのに、殺せていない……壊せていない訳が無いと、慧夢は考える。
「だとしたら、籠宮の兄貴は、夢の鍵じゃないって事に……」
頭に浮かんだ、その考えの方が正しい様に、慧夢には思えた。
陽志を殺しても、黒き夢の夢世界が消え去らないという事は、そもそも陽志は夢の鍵ではなかったと考えるべきなのだ。
「――だったら、何が夢の鍵なんだ?」
夢の鍵の最有力候補だと考えていた陽志が、夢の鍵では無かったのを知り、慧夢は狼狽する。
だが、何が夢の鍵なのかという疑問について、その場で思考を巡らせている余裕は、慧夢にはなかった。
夢世界が崩れて消え去る兆候ではないが、明らかな変化が起こり始めたのだ。
その変化とは、殺され……破壊された、陽志の肉体の再生。
床や壁……机の上に飛び散った血や、ピンク色の肉片や白子の様な脳の破片などが、陽志の死体に戻り始めたのだ。
まるで陽志が殺害された映像を撮影した映像が、逆回しで再生されているかの様に。
慧夢の服や身体を染めていた返り血も、服や身体を離れ、陽志の元に戻り始めた。
赤く染まっていた慧夢の服や身体は、何事も無かったとしか思えない状態に、戻ってしまった。
身体から切り離されていた頭部は、ふわりと浮き上がると首の上に移動し、切断されていた部分は、ぴったりと接着。
切れ目も確認出来ぬ程、完全に繋がってしまう。
割られた頭の中に、脳や脳漿……血が戻ると、頭の傷は塞がり、これも元通り。
切断された右手首も、噴き出た血を掃除機のノズルの様に吸い込み終えた右腕に、あっさりと繋がってしまった。
一分もかからずに、陽志の身体は殺される前……破壊される前の状態に、戻ってしまった。
ダイニングキッチンには、既に慧夢による陽志殺しの痕跡は、見当たらない状態。
「ど、どうなってるんだ?」
ほぼ同時に、驚きの表情を浮かべた慧夢と陽志が、同じ疑問を口にする。
慧夢だけではなく、陽志も同じ疑問を口にした事から分かる通り、慧夢が夢世界の中にいる陽志の身体を破壊したのは、紛れもない事実なのだ。