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01 何、この地獄絵図? 俺……地獄に落ちたの?

「はい、素似合そにあお姉さま……あーんして」


 ふんわりとウェーブがかかった、栗色の長い髪の少女が、左隣にスプーンを差し出す。

 スプーンの上では、少女の肌に良く似た色合いのプリンが、ふるふると揺れている。


「僕にスプーンで食べさせようなんて、無粋だね……みお


 長い髪の少女……祠堂しどう澪に、素似合お姉さまと呼ばれた、ボーイッシュな少女……安良城あらしろ素似合は、気取った口調で言葉を返す。

 黒のベリーショートと大きな瞳、日本人離れした褐色の肌と、背の高さが印象的な素似合は、澪の髪を右手で撫でながら、言葉を続ける。


「どうせなら、口移しで食べさせておくれよ」


 恥ずかしげに、こくりと頷くと、澪はスプーンを自分の口に運び、プリンを口に含む。

 そして、椅子代わりにしていたベッドから腰を上げて、左隣に座る素似合に、顔を寄せる。


 素似合も顔を寄せ、澪と唇を重ねる。

 深く……激しいキスのついでに、プリンは口移しで、澪の口の中から、素似合の口の中に移動する。


 唇を離し、少しの間……舌の上で味わってから、素似合はプリンを喉を鳴らして飲み込む。

 美味しかったのだろう、素似合の表情が、幸せそうにとろける。


「――可愛い妹の唾液に勝る、甘味は無いね! カラメルソースなんかより、遥かにプリンを美味しくさせる、最高にスィートなソースだよ!」


 宝塚の男役を思わせる、芝居がかった喋り方と仕草で、素似合は味の感想を口にする。


「ずるーい! お姉さま、私のプリンも!」


 素似合の左隣に座っている、少し癖のある黒い髪を、ショートボブにしている少女が、不満そうに声を上げる。

 猫っぽい印象の、甘え仕草が似合いそうな、可愛らしい少女だ。


愛莉あいり……君のも頂くに、決まっているじゃないか! 無論……口移しでね!」


 そんな素似合の言葉を聞いた、ショートボブの少女……成宮なるみや愛莉は、先程の澪同様に、プリンをスプーンで口に運ぶ。

 そして、腰を上げて素似合に顔を寄せる。


 素似合は愛莉を抱き寄せると、唇を重ねる。

 貪る様な激しいキスを楽しみつつ、口移しされたプリンを、再び舌の上で味わってから、美味しそうに飲み込む。


「いいね、愛莉! 君の唾液も、澪のに負けず劣らず……プリンの味を、美味しくしてくれる!」


 ベッドに座っていた素似合は立ち上がると、オーバーアクション気味の仕草で、少女達の唾液に塗れたプリンの味を、褒め称え続ける。


「ああ、僕は何て幸せ者なんだ! 可愛い妹達の唾液の味がするプリンを、楽しめるなんて!」


 少女の部屋にしては飾り気が無く、思春期の少年の部屋を思わせる、素似合の自室。

 素似合が声を上げると、ベッドの上だけでなく、部屋中にいる十人以上の女子中高生達が、一斉に黄色い声を上げ始める。


 素似合や澪、愛莉達と同じ、セーラー服タイプの制服に、身を包んだ少女達だ。


「お姉さま、私のプリンも食べて!」


「素似合お姉さま、私のも、口移しで!」


「プリンだけじゃなくて、私の身体……全部食べて下さい、お姉さま!」


 身を乗り出し、迫って来る少女達に、素似合は答える。


「勿論、頂くよ! 可愛い妹達の味がするプリンを、僕が断る訳が無いじゃないか!」


 嬉しそうに言い切ると、素似合は次々と周りにいる少女達を抱き寄せ、キスを交わしながら、口移しでプリンを食べ続ける。

 新興宗教の教祖を賛美する信者の如く、素似合を取り囲み、嬌声を上げ続ける少女達の中心にいる素似合は、まさにハーレムのあるじといった感じ。


 そんな、明らかにまともではない状況の中、一人だけ……正気の者がいた。

 部屋の隅っこに立ち、最初は呆然と……途中からは呆れ顔で、どうかしているとしか思えない、素似合のハーレムの状況を眺めていた少年だ。


 長い髪をうなじの辺りで、ぞんざいに結っている、その学生服姿の少年は、げんなりした表情を浮かべつつ、自問する。


「――何、この地獄絵図? 俺……地獄に落ちたの?」


 少女達から口移しされたプリンを、素似合が食べ続ける光景を見る少年の目は、夜の繁華街で、泥酔したサラリーマンにより、路上にぶちまけられた吐瀉物としゃぶつを見るかの様。


「ま……そんな訳無いか。確か俺、教室にいた筈だし……」


 この部屋にいる事に、自分が気付くまで、自分が何処で何をしていたのか、少年は思い出す。

 高校の教室で、日本史の授業を受けていたのを、少年は思い出したのだ。


「どうやら、授業中に居眠りしちまって……素似合の夢の中に、引き込まれちまったみたいだな。そう言えば、あいつも……欠伸あくびしていたっけ?」


 授業を受けていた時、隣の席に座っていた素似合が、今にも眠りの世界に落ちそうな大欠伸をしていたのを、少年は思い出す。

 少年自身も、似たような状況ではあったのだが。


「素似合の夢の中に入るのは、もう慣れっこだけど……どんどん悪化してるな、こいつの症状」


 大雑把に自分が置かれている状況を理解した少年は、この自分にとっては地獄絵図の様な状況から逃れるべく、行動を起こす。


「唾液塗れのプリンとか、悪夢にも程があるだろ……いや、素似合にとっちゃ悪夢じゃなくて、天国みたいな夢なんだろうけどさ」


 呆れ気味の口調で呟きながら、美少女ハーレムの最中さなかにいる素似合に、少年は歩み寄り、その前に立つ。


「――慧夢えむ? 何で慧夢が、僕と妹達の楽園にいるんだい? ここは男子禁制……いや美少女以外、全ての生物立ち入り禁止の筈なのだが!」


 少年……夢占ゆめうら慧夢の存在に気付いた素似合は、ハーレムの少女とのキスを中断し、驚きの表情を浮かべながら、問いかける。


 だが、慧夢は問いには答えず、右の拳を握り締める。


「お前がいる、この世界は……ただの夢だ! さっさと、この気色悪い夢から覚めやがれ! この美少女好きの、変態残念女がッ!」


 怒鳴りつけながら、慧夢は素似合の左頬に、右ストレートを叩き込む。

 左頬を見事に捉えた、確かな手応えを、慧夢は覚える。


「ぎゃはッ!」


 間抜けな悲鳴を上げながら、素似合の身体は吹っ飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられる。

 素似合の身体は崩れ落ち、ベッドの上に仰向けに倒れる。


「目は覚めたか?」


 呆然とした顔で、自分を見上げる素似合に、慧夢は呆れ顔のまま問いかける。

 だが、その問いかけに、答は返って来ない。


 何故なら、素似合の身体は、答を返せる様な状態では無くなっていたからだ。

 素似合の身体は、慧夢に殴られた頬の辺りから、崩れ始めていたのである。


 まるで、カラフルな砂粒で作られていた身体が、強風に吹かれて砂が吹き飛ばされ、粉々になって分解してしまうかの様に、素似合は消え去ってしまった。

 いや、消え去ったのは素似合だけではない、素似合の部屋にいた少女達だけでなく、部屋自体が……素似合の身体同様に、あっとい間に消え去ってしまったのだ。


 そして、消え去った後に現れたのは、教室。

 慧夢と素似合が、日本史の授業を受けていた筈の、教室の光景。


「――覚めたみたいだな」


 慧夢は呟きながら、目の前にいる素似合を見下ろす。

 自分の席に座って、机に突っ伏していた、素似合を。


 一見すると、美少年風の後姿ではあるのだが、着ているのは女子用の制服であるセーラー服……。

 そんな後姿の女子生徒など、素似合以外には、このクラスにはいないので、後姿からでも、素似合であるのは、慧夢には分かる。


 素似合は突如、がばっと起き上がったかと思うと、情けない悲鳴を上げる。


「うわああああああっ!」


 教室の中にいる者達が、素似合の左隣に座っている者を除いて皆、教室の左後方の席にいる、悲鳴を上げた素似合の方を向く。

 一体何が起こったのかと、言わんばかりの表情で。

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