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同一作者の「ラグランジュ・ポイント」のifストーリーです。本編を読んで頂いていないと、解らない内容で申し訳ございませんm(__)m
ifですので、この話しの未来が決まっている訳では無いので、あしからず。
ゆらゆらとオレンジの身を、空気の流れに任せる蝋燭の火。まだ陽が高い時間にも関わらず、遮光カーテンが閉められた室内には、その隙間から入る僅かばかりの人工太陽光と、揺らめく淡い輝きがあるだけだった。
しかし薄暗い室内には人影が。
グツグツと湯気を上げる鍋に向かって、一心不乱に呪文の様に呟き続ける女性だ。
時折手元のボタンで温度調整をしながら、ラグランジュ内では珍しい天然大理石で造られたキッチンテーブルの上に、几帳面に並べられた普通食材には不適格だと思われる禍々しい材料を、慎重かつ念入りに鍋へ投入していった。
「……ボクのレキ……うふふ……レキ……」
そう。呪いとも感じる深い愛情の念と共に。そして彼女の想いに呼応したのか中身の色は血よりも濃い血色に変わり、粘度の高い泡は爆ぜる度に、形容しがたい臭いを撒き散らし、純真無垢としか称せない笑顔を貼り付けた銀髪の少女へ、完成が近い事を教えるのであった。
*
久し振りに取れた長期休暇を利用し、ラグランジュ・シックスを訪れていた六木暦は、細かな街並みの変化を楽しみつつ目的地に向かう途中で、突如訪れた謎の悪寒に脚を止めて身を震わせた。
「お! にいちゃん、もしかしてコレにびびったのか?」
タイミング良く人懐っこい笑顔をレキに向けた恰幅の良い中年男性は、自分の店先に置かれた人の背丈はあろう、緑の物体を指差し声をかけていた。
「いや~さすがにジャックランタンにびびる歳じゃないっすよぉー」
苦笑いを返しつつ、店頭で仁王立ちする巨大なカボチャ頭を見ると、その脇に並べられた色とりどりのパッケージに身を包んだ、可愛らしいお菓子が目に入った。
レキの返しに、そりゃそうかー、と大きく笑って頭を掻いた店主だったが、目の前の青年がこの時期限定の商品に目を奪われるのを見逃さなかった。すかさずスイッチを入れた店主は、然り気無く営業を始める。
「お、にいちゃん。もしかして?」
人懐っこいからニヤニヤの中年に変身した店主は、小指を立てレキに見せると、彼も満更でもない様子で頭を掻きながら頷いた。
初々しい反応に勢いついた店主はレキの手を掴むと、そのまま店内へ連れ込み、あれやこれやと次々に商品の説明をしていった。最初こそ店主に押されっぱなしの彼だったが、ある一点に話題が移った瞬間に覚醒した。
店内にいた全男性の同意と、店内にいた全女性の非難の眼差しを胸に、青年六木暦は大人への扉を一つ、知り合ったばかりの菓子職人と一緒に開けるのであった。
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邪神崇拝。
おどろおどろしくデザインされたページには、旧世紀の魔女をイメージさせるラインナップがずらりと載っていた。
中でもとりわけ人気があるのは、宇宙に生息圏を広げた現在も、昔とさほどかわらず【惚れ薬】や【媚薬】【透明になる薬】、現代科学ですら実現できずにいる物ばかりだった。
神崎ソラは最初このページを見た時、邪神じゃないだろ魔女だろう、と独りで突っ込んだが、レシピや蘊蓄を読み進んいく内に、そんな些細な事など気にならない位にかぶりついていったのだった。
非科学的にもかかわらず、科学崇拝者と呼んでもおかしくない程のソラを納得させるだけの物が、そこにあり全てを読み終えた彼女は覚った。
魔女じゃない、これは邪神……このレシピを創ったのは魔女じゃない、邪神だと。
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パンパンに膨らんだ袋を抱え、目的地に向かう青年。ラグランジュの生徒だった頃、毎日通った道は殆ど変わっておらず、自然と表情が緩んだ。
道端にあるアナログ時計も、壊れることなく時を刻み続けていた様で、色は塗り替えられていたものの、約束の時間まではもう少しある事を教えてくれるのであった。
しかしレキは一刻でも早く彼女に会いたいと願い、歩む速度は上がる一方だった。
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ようやく完成したお菓子を、彼女なりに精一杯可愛くラッピングし終えた頃には、日本と同じ暦に設定してある気候のせいか、17:00を過ぎる位には陽も傾き、夕暮れ時となっていた。
アシスタの画面で時刻を確認したソラは、思っていたより予定を過ぎてしまった事に焦りながらも、テキパキと片付けをしていく。
強制換気を全開にし空気を入れ換えると、これも邪神レシピで造られたお香を焚き始める。
自身の使っている白薔薇の匂いをベースにした物だったが、そこまで薫りは強くなくジワジワと部屋中広がっていく。
ハロウィンらしく、色々と飾り付けをした部屋を後に、ソラは自身を飾り付け……否。変装の為に寝室へ移動するのであった。
「レキはこういうの好きかなっ♪」
いつになくハイテンションで。
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少しでも早くと思い抜け道を使うと、記憶の隅にあった欠片が胸に堕ちてきた。
ジャンクパーツ屋。あいつと良く来た馴染みの店。ただあの頃と違いシャッター降りたままだ。良く見ると古びた紙が、今にも剥がれ落ちそうな状態でしがみついていた。
舐める程度に読んだだけだが、数年前に廃業したらしい。
オッサンを含めた四人で、くだらない話しで盛り上がった思い出が、とりとめもなく湧いては溢れた。
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自慢の銀髪を黒く塗ったソラは、姿見に写る魔女に変装した自分に満足そうにうなずく。しかし伝統的な魔女とはいかず、彼女なりに手を加えた仕様だった。
ゆったりとした黒いオープンショルダーで惜し気もなく晒した染み一つない肩。その中にはピタリとした黒いタンクトップだが、最新の素材で造られたソレは光の加減で肌が透ける。
トップと同色で揃えた黒いミニスカートは下着を隠せるギリギリの長さに調整されていたが、要所にあしらわれたシンプルなレースによって卑猥な雰囲気一切なかった。
脚は黒いタイツかレギンスを、とも思ったが、あえて素足とし足元は滅多に履かない赤いヒールだ。
ただここまでだと普通の格好なのだが、頭に被ったつばの大きなとんがり帽子。
これがあるだけで、一気に魔女の出来上がりだった。
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足早にその場を離れたレキは、息を切らす事無くズンズンと進んで行く。
抱えた荷物の重さも気にせず、ただ行く。
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母に教えて貰った男ウケの良い化粧を施した顔を、何度も何度も鏡で確認しては、ソワソワと照明を落とした部屋を歩き回るソラ。
ハッと思い立ち冷凍庫を開けて、満タンにある氷をみて安堵の表情を浮かべ、その足で棚に置かれた地球産のウイスキーを手に取る。彼と初めて呑んだ思い出の銘柄。滲む胸の痛みを抑え込み、楽しかった頃の記憶で誤魔化した。
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すっかり陽が沈み暗くなった町の一角に、光が煌々と窓から漏れる一軒家。
すでにハロウィンイベントは始まっている様で離れた場所だが、子供の声でお菓子をねだる微笑ましい声が聞こえていた。
いつか自分にも授かる日があるのだろうか、と楽しみ半分、不安半分の気持ちでいると、そこはもう目的の場所だった。
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中年の店主に多くて困る事は無いから、と山ほど買わされた限定のお菓子。
男ならば一度は夢見るコスプレ衣装は、一着のみならず驚きの三着だった。
そんな愛と夢の詰まった大きな袋を抱える青年は、勢いよく扉を開け弾む声で家に入っていった。
「Trick or Treat!」




