ミルククラウン
吐く息が、何処までも白く流れる銀世界。
何十年ぶりかの大雪に見舞われ、いつもとは別の風景が広がっていた。
毎朝の日課で煙草を吸うためにベランダに出たボクは、経験した事の無い寒さに身を震わせながら、至福の時を過ごす。
少しだけ開いた窓から、女性タレントの様なキャピキャピしたアナウンサーの声が漏れて来た。
『日本列島を覆う寒気は史上最強レベルで……』
だが、その声を遮る様にスマホが鳴る。
ボクは羽織った上着のポケットから、そろそろ草臥れて装いになってきた相棒の画面をスワイプし、電話に出た。
二、三言葉を交わし直ぐに切る。
大きく深呼吸すると、肺の奥底に氷が入った様な錯覚をおこす位、冷たい空気が入って来た。
しかし、その冷気を持ってしてもボクの心を固める事出来なかった。
母が死んだ。
さっきの電話の内容だ。
父からだったが、生前ボクと折り合いの悪かった事を知っているから、至極淡々と事務的に説明をし、葬式くらいは出なさい、と言って終了した。
特に悲しいとは思わなかったが、実の母だからか、流石にいろいろと頭を過った。
全部嫌な思い出ばかりだったが。
父の話しでは葬儀は明日。この雪でも三時間も歩けば実家に着くだろう。
ちょうど週末に当たっている為、仕事と嘘もつけず断りきれなかった事をくやみつつ、ボクは短くなった両切りの煙草を一口入れ、灰皿で揉み消した。
そして雪の降った日特有の静寂の中、ボクは、ある日の事を思い出した。
『あんたの名前は雪から貰ったんだよ』
まだ小学生に上がったばかりだったと思う。数少ない母の自分に向けた笑顔が浮かんだ。
どんな気紛れだったのか、ともう聞けないと思うと若干の寂しさはあったが、やはりボクの心に悲しみが充たされる事は無かった。
そんな事を考えながら、時折舞い散る粉雪に見とれていたが、急激に奪われて行く体温に身体が文句を言った。
盛大にくしゃみをすると、背筋に悪寒が走った。上着の前を合わせ、慌てて部屋に逃げ込む。
男の一人暮らしの割には小綺麗な部屋は、エアコンで暖められており、芯まで冷えきった身体を優しく包む。
耳に障るテレビのボリュームを提げると、ボクは着替えもせずに朝食の準備に掛かった。
いつにまして味気無い食事。
食後のクリープをたっぷり入れたコーヒーですら満足できず、首を捻りながらテーブルへ置くと、涙が一筋流れカップへ落ちた。
その波紋は、あの日母が指差した大きな雪の結晶。
王冠の様に形作られた雪の結晶。
涙とコーヒーのミルククラウン。