その手を離す時
君は産まれ落ちたその日から、ボクの手をしわくちゃな小さな手で、ギュっと握ってくれたね。
それから、事ある度に君はボクの手を握ってくれた。
オムツを替える時。
ミルクをあげる時。
お風呂の時。
お着替えの時。
君はいつだってボクの手を握ってくれた。
初めてのつかまり立ち。
崩れそうになる足を、ボクの手を握って耐える君の姿も、一生忘れる事は無い。
そして直ぐに君は歩き始める。
でも君は怖いのか、必ずボクを見つけると声をあげて『あー! あー!』と呼んだんだ。
ゆっくり近付くと君は、手を上げてボクの指を、ぷっくりとした小さな手で、握って意気揚々と歩いたんだよ。
それは2歳になっても3歳になっても、変わらなかった。
一緒にお出掛けの時は、ボクの横は君の指定席だったね。
手を繋ぎ色々な場所へ行ったね。
4歳になると、突如君は手を握ってくれなくなり、ボクは絶望したんだよ。
でも君は落ち込むボクを見て、また直ぐに手を握ってくれる様になったんだ。
嬉しくて、ついケーキを買って帰ったらママは呆れていたっけ。
それから小学校にあがるまでは必ず手を繋いでお出掛けだったね。
小学校にあがると習い事や、ボクの身体の異変や仕事が忙しくなったのも重なり、お出掛けの回数が激減。
それでもお出掛けの際の、ボクの横は君の指定席のままだったね。
そして中学に上がった君。
流石に……と覚悟していたら
「最近痩せて格好いいから」
ダイエットしたボクへ、かわらず手を伸ばしてくれたね。
成長のないボクは、ケーキと美味しいチョコを君にプレゼントしたね。あ、少しは成長してたのかな。
それから高校生になり、あっという間に大学を卒業した君は、変わらずボクの指を握って歩いてくれたね。
でも、それも今日で終わりだね。
今日から君が握る手はボクのじゃない。
君が選んだ、君が愛し、君を愛してくれる、隣に立っている彼の手を握って歩くんだ。
寂しく無いと言ったら嘘だ。
今だって涙を堪えるので精一杯だよ。
でもいいんだ。君が幸せになるんだ、笑って送り出そう。
そう君が産まれてこの日まで、ボクは独占してきたじゃないか。
その手を離す時。
それが今なんだ。
そう思い、君を写す事が出来ない、ボクの壊れた両目を限界まで大きく見開き、声がする方を見た。
すると……
「パパ、今までありがとうございます。これからは、彼と二人で、幸せな家庭をつくります……で、この先ずーっとパパの手離さないから、覚悟してね」
真正面から君の声。
産まれてからこの日まで、握りしめて貰い続けて来た君の手を、今度はボクから握った。
その手を離す時はまだ先でいいんだね。