旅だった君へ
君は覚えているだろうか、私達が出会った初めての日の事を。
私は覚えているよ。
小学校の入学式の時だ。
あいうえお順で並んでいたので、私が君の一つ前。
凄く目立っていた君。
私も例外なく、こっそり振り返って見ていたよ。
そんな君と私の初邂逅は今思えば最悪だった。
「お前女みたいな名前だな」
コンプレックスだったポイントをグサリだった。
しかし子供だった私は不思議なもので、咄嗟に言った。
「気に入ってるんだ。名前。」
当然嘘だ。
でも返しは正解だった様で、君は素直に謝ってくれたね。そこからが君と私の未だに続く、腐れ縁の始まりだ。まぁ君の名前も結構女っぽいけどね。
君は文武両道を地で行くスーパーマンだった。
今でもスーパーマンだが。
勉強では敵わなかったけど、運動だけは私の勝ちが多かったのに、君は未だに認めようとしない。
負けず嫌いは程々にね。
小中と一緒に過ごし、親友と呼べる友達に私達はなれた。
そう思っていたら君は私に、中学の卒業式の日に爆弾を投げたね。
「性同一性障害」
正直聞いた瞬間、私は君を拒絶しかけたんだ。
でも、踏みとどまったのは君の次の言葉だ。
「中身は女だけど、身体は男。彼女じゃなくてもいいから友人としてこれからも付き合って欲しい」多分こんな感じだったず。
常に自信に溢れ堂々とした君。でもその時は違った。
今にも泣き出しそうな表情は、女の子だった。
一瞬でも拒絶しかけた私を許して欲しい。
あの告白があったからこそ、今の君と私の関係があるんだ。
それから高校は別々になったけど、毎日一緒にいたね。
私は既にクライミングに没頭していたから、毎日一緒に色々な建物に登っては笑ったね。今思えばいけない思い出だ。
週末になると一緒に取ったバイクの免許。バイクに跨がり山まで行き一緒に壁を登った。
まぁ私の方が当時から上手かったね。
やがてクライミングからスノーボードに興味が移り、日帰りのバスツアーで雪山へ毎週通った。
これも私の方が上手かったね。
それから、アレやコレ。
言ったらまずそうな事も良い思い出だ。
屈折せずに成長出来たのは君のお陰だよ。
そうやって過ごした高校時代。
でもそれも終わりが来た。
君は相変わらずの成績の良さで、あっさり地元の国立大へ合格していたね。もっと良い大学だって選べたのに勿体ない。自惚れじゃなきゃ私の為だったのかな。悔しいが、頭も容姿も君の勝ちだ。
私が進学せず、フリーターを選択した時の君は、まぁ怖かったよ。
事情を説明しても怒りが治まらなかった君は、私の実母と激しく口論してくれたね。
あの時こっそり君が帰った後で、嬉し涙を流したのは……内緒だ。
しかし進学を選ばなかったのは、結局は私の選択。
君に心配をかけた事、申し訳なく思っているよ。
そうして君は大学生。私はフリーター。
真逆の人生を歩み始めたね。
君が勉学に励む頃、私は全国をバイトしながら放浪しては、遊び回っていたね。旅先の話を君にする度。
「変な女にひっかかるなよ」
こればっかり言っていたね。
ひっかかる。じゃなくて、ひっかけていたのは私だよ。
まぁ知ってるだろうけど。
そうして一年中遊び回っていた私にも、大好きな彼女が出来た。
報告しなかったのは……申し訳なく思っている。
結果当然バレて問い詰められたのは、ホントに参った。浮気して問い詰められる男の気持ちが良く解った瞬間だった。
でも結局は祝福してくれた君に感謝だ。
それからも就職もせず、遊び惚ける私に転機が来た。
ケガだ。
三日三晩生死の間をさ迷った私に、一睡もせず声をかけ続けてくれたと聞いた時、人目も憚らず泣きわめいた私を未だにネタにするのは勘弁して欲しい。
まぁ君のお陰か私は無事、目を覚まし日常生活を送れるまでに回復したのだが。
ただ退院当日の君が用意した花束は相当恥ずかしかった。
他の友人達も苦笑いだったのは覚えているかい?
退院後も結局は遊び回っていた私。
そして君の大学卒業。
君の就職先は意外だったが、納得の行く選択だったとも思う。
この時お互いに22歳。更に差が開いた瞬間だったかな。
そして新社会人になり毎日クタクタになっては、私の部屋に遊びに来て不在なら携帯に電話をくれたね。
そんないい加減だった私も、遂に就職する日が来た。
実母と折り合いが悪い私へ、色々と世話を焼いてくれる君の存在の事をいつしか周りは「嫁」と呼び始めていたね。
今では君の立派なアダ名だ。
就職を機に結婚を決断した私は、一番最初に君へ報告した。
その時の君の顔、正直可愛かったよ。
たらればだけど、君が女として産まれいたら、私は君以外を選ぶ事は無かったと思う。
でも渋々結婚を認め祝ってくれた直ぐ後だったね。
恐らく人生で3番目に大きな不幸が、私を襲った。
あの後の私を見棄てず、そばにいてくれた君や友人達。
一生頭が上がらないと思っているよ。
結婚が破談になった後も、壊れそうな私を支え励まし隣にいてくれたのは君だったね。
君がいなかったら今の私はいない。ありがとう。
表面的には回復した私だったが、細かな部分は壊れたままらしい。自覚症状はないんだけども。
それでも君は変わらず私の隣にいてくれた。
気付けばもう、最初に出会ってから25年位の付き合いだ。四半世紀か。
小学生の頃の私に言ったら、目を丸くして驚くだろうな。
この25年間本当に色々あったね。決して会えなくなった友人もできてしまったね。
そして最近ではようやく治まって来た私だったけど、まだまだ君が必要なんだ。
でも願いは叶いそうにない。正直もっと早く言って欲しかった。
私は君に何が返せる?
ずっと一緒に、面白可笑しく生きて行く。私の願いは叶わないのかな。本音を言えば、いつか来る遠くない最後の日なんて考えたくない。でも現実から目を背け考えを止める事は愚の骨頂だろ?
でも、治る。これは信じて疑わない。だから私は君と過去の思い出話はしない。するのは未来。これからする事の話だ。
例え君が嫌がっても、私は何があっても、何を言われようとも必ず君の隣に陣取って話しかけ続けるよ。
いつか君がしてくれた様に、ずっと声をかけ続ける。この役割は絶対に誰にも譲らない。
そして、あの時君が息を引き取る瞬間。
いや、その後も声を掛け続けたよ。
不思議と涙は零れなかった。
沢山話しが出来たからかな。
私は運命の神と呼ばれる何かがいるならば、絶対に許さない。
運命は決まっている?
ふざけるな。
私や君の運命を決めた何かに会えるならば。
私はきっとそれを殺す。
昨日までの私の素直な気持ちだ。
でも、今は違う。
死後の世界を信じている訳じゃないけど、またいつか。
君に会える日が来るなら、私は綺麗な手で再会したいんだ。
私が手にかけるのは、壁だけでいい。