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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
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098  変装


 阪海ワイルドダックスは交流戦という事もあって、普段は行かない県や球場にも足を運ぶようになった。今回、チームの皆は福岡県に来ていた。ここはクレイジーモンスターズの拠点があり、そこと試合をするために態々やって来たという事だ。と言っても、県外になるとテンションが高くなるのは当たり前だ。旅行気分と言われると心外かもしれないが、皆それに似た感情を胸に抱いている。


 なんせ、男はいつまで経っても少年のままだからだ。どれだけ歳を重ねようが少年の心は決して忘れずに胸に抱いている。だから、昔見ていたアニメやドラマを見ると少年心がくすぐられて涙が出てしまう。無論、AKIRAも例外ではない。彼は仕事では常に冷静でアンテナを張っているが、普段の彼はとても愛想が良く、笑顔の絶えない青年である。もしも彼が普通のサラリーマンだったらきっと上司や部下にも愛されるムードメーカーとなっていただろう。


 しかし、野球選手として生きるためにはムードメーカーではいられないと悟った彼は自分の本来の性格を押さえこんで、今までプレイし続けていた。昔はそこまで気にしていなかった哲学にも興味を抱くようにもなっている。


 AKIRAはまだ葛藤している。野球の神様と呼ばれる鬼崎喜三郎と似ていると言われたのだからさすがの彼も動揺を隠しきれない。そして伝説の選手と比べられる事がどれだけプレッシャーとして今後のしかかってくるか、考えるだけで憂鬱だ。だからと言って逃げる事は出来ないので、AKIRAは前に進むしかない。


 そんな見えないプレッシャーを感じながらも、AKIRAはオフを楽しもうとしていた。今日は仕事が無いので完全に自由時間である。何をしようが問題も無く、野球に縛られる事はない。




 *****************




「さて、ホテルについたが、これからどうする?」


 目の前には石井の姿があった。ホテルに到着したと思うと、いきなりAKIRAの部屋に入ってきたのだ。


「そうだな……せっかく福岡まで来たのに部屋の中で狩りをするのはもったいないし、どこか出かけるのはどうだ?」


 AKIRAはそう言っていた。せっかく福岡に来たのに、部屋の中でゲームをするのは有りえないのだと。


「福岡と言えば、博多ラーメンだよな」


 石井は両手を組んで天井を見上げながらそう言っていた。


「博多ラーメンか。そいつはいいな!」


 これにはAKIRAもテンションが上がる。


「俺は私服で行くけど、お前は変装しろよ」


 AKIRAが博多の真ん中を歩くなど自殺行為だ。あっという間に人々に囲まれてツイッターに目撃情報が拡散されてしまう。そうなると一日中サインを書くことになって、せっかくの休日が台無しになるので変装しなくちゃいけないのだ。それぐらい、今の彼は有名人である。


「分かっているさ。だからこの服を着て行く」


 そう言うと、自分が今着ているTシャツを指差した。そのTシャツはイカが真ん中に書かれている変わった服であり、後ろには某アニメの宇宙人主人公が描かれていた。


「それって、あのゲソアニメのTシャツじゃねえか」


 石井もあのアニメの事は知っているようだ。さすが半世紀も生きている人間は知識の量が違う。


「オタクの格好をすれば向こうも俺だとは分からないでゲソ」


 このように普段のAKIRAはとてもテンションの高い男だ。


「それは名案だな。さすがスーパースターの思考は常人を超えている」


「またかよ。俺は普通の人間だっつの!」


 そう言いながらも、AKIRAは笑顔を振りまいていた。そして変装用の伊達眼鏡と帽子を装着して、本格的にオタクファッションに身を包んでいた。無論、チェックの服も着るのは忘れない。念には念を置くのが彼のやり方である。


「おお。どっから見ても正真正銘のオタクだ!」


「そうだろう」


 AKIRAは胸を張って鼻孔を広げていた。しかし、石井はどこか浮かない表情を浮かべて首を捻り始めていた。これにはAKIRAも不思議に思って「どうした?」と尋ねた。すると彼はゆっくりと口を動かして、こう言ってきた。


「いや……オタクにしてはハンサム過ぎると思ってな」


 そうなのだ。AKIRAは1980年代にいそうな甘いマスクをした好青年なのだ。故に、オタクのファッションに身を包んでいる姿は少し違和感を感じざる終えないのだと石井は言っている。


「今度は容姿かよ。別にそこまでハンサムじゃないだろう」


 自分の顔がどうなっているかは自分が良く知っているので、AKIRAは首を振って否定する。しかし、


「いいやハンサムだ。おばあちゃん連中に受けがいい顔をしている」


 そうなのだ。おばあちゃんはイケメンを苦手としているが、ハンサムには滅法弱い。彼らにひとたび笑顔を向けられれば卒倒するのはほぼ間違いない。石井はそのハンサムの部類にAKIRAも含まれているというのだ。


「よしてくれ。今の俺はオタクだぞ」


 AKIRAの演技力はそこらの棒読み俳優より遥かに凌駕している。それ故に、オタクの口調や表情を作る事なんて造作も無い。別にアニメは興味無いが、興味があるフリは出来るという事だ。


「それって、ハンサムとオタクは別次元の生き物だという意味か?」


 石井が軽く首を傾げていた。


「そうだ……。肉食動物と草食動物ぐらい別物だ」


「でもよ。AKIRAはその両方を兼ね備えているじゃねえか」


 そう。両方だと言うのだ。


「まあいいさ。とにかく俺は腹減ってるからラーメンが早く食いたい」


「分かったよ。今、ぐるなびで調べているところだ」


 こうして、AKIRAと石井は博多ラーメンを食べるためにインターネット検索をしていた。そして一番評価の高いところに行く事が決まり、二人はタクシーを捕まえて、その飲食店に行こうと決意するのだった。









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