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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
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097  客観的思考の危険性


 AKIRAはまだ戸惑っている。あの鬼崎喜三郎と自分の思考が似ていると言われたのだから仕方がないと言えば仕方がないが。それでも、彼の哲学と自分の哲学が似ていると言っても完全に一緒では無い事は決まっている。


 なぜならば完全に考え方が一緒の人間は存在しない。たとえ双子でも似ている部分はたくさんあるが、思考回路は全く違う。それと同じように完全に同じ人間など存在する筈がないのだ。


 そう言う意味では、鬼崎とAKIRAは似ているかもしれないが違う部分もある。それが実に面白いとAKIRAは思っていた。相手の違う部分が見れるというだけでAKIRAは満足する。それ故に、どんな理不尽な事を言われようが彼は全く気にしない。なぜなら、罵倒された事で相手の思考を一部でも感じ取る事が出来たからだ。


 それ故に、人はAKIRAの事を「寛大な人間」と言っているが、まったく違う事をここに証明したい。悪口を言われる事で相手の哲学を知れてとても満足なだけなのだと。だから、彼の中では悪口も褒め言葉も遜色ないのだ。


 何を言われようが、彼は心理的に動じる事はない。むしろ過激な言葉であればある程、感心してしまう男である。



 *******************



「鬼崎さんと俺は似ているのか?」


 それがAKIRAの中で次に浮かんだ疑問だった。この疑問が浮かぶ瞬間が、AKIRAにとってはたまらなく快感である。なぜなら、まだ自分の知らない事柄があるのだと再認識出来るから。そして、その答えが出る可能性も大いにあるので、ワクワクは止まらない。


「似ている。考えだけではなく、成績さえも」


「だから俺の事を21世紀最高の5ツールプレイヤーになると例えたのか」


「今では、5ツールプレイヤーは絶滅危惧種とされている。むしろ、パワーヒッターさえも長年現れなかったんだ。そんな中でお前という走攻守揃った選手が出たら世間がどう思うか分かるか? 人々はお前の事を鬼崎喜三郎の再来と言っているぞ」


「はあ……それも過大評価に過ぎん。俺は皆が思ってる程の男じゃない」


「ほう。そこがオニザキとお前の違いか」


「どういう事だ。違いとは」


 違いという言葉にもAKIRAは敏感だ。なので、AKIRAは思いのたけを監督にぶつけていた。鬼崎と自分は似ているかもしれないが、その中でどの部分が違うのか具体的に言ってくれと。


「ミスターオニザキは自分に絶対の自信を抱いてプレーしていた。それこそ、清々しい程だ。開幕前にはインタビューで大口を叩いたと思うと、いざシーズンが始まると、その大口よりも凄い成績を残していた」


 まさに、そこがAKIRAと正反対の部分だ。AKIRAは常に自分を見失わないように無理な目標を立てない。あまりにも目標が高すぎると、現実と理想のギャップで自我が保てなくなり、次第に成績が落ちてしまうと知っているからだ。


 しかし、鬼崎は全くの逆だと監督は言っている。


 ようするに、鬼崎は高い目標を立てて、それを乗り越えるために壮絶な努力をこなすという事だろうとAKIRAは推測していた。もしも自分が鬼崎程の知名度なら失敗は許されないし、その失敗を失くすために敢えて重荷を着せるというのが推測できる範囲内だった。しかし、これはあくまでAKIRAの考えなので正しいとは限らない。本当のところは、本人にその意志を聞かないと分からないのだ。


「敢えて高い目標を立てて、自分を追い込むというスタイルなのか」


「さすがAKIRAだ。鬼崎の哲学を理解しているとは」


「どういう意味だ。理解しているとは」


 監督の言葉に引っかかりを覚えたAKIRAは首を捻っていた。


「彼の考えはあまりにも難解過ぎて、紐解ける人物は限られている。それこそ哲学者が彼の言葉の意味を解説する本を何冊も出しているぐらいだ」


 そう、鬼崎の言葉はあまりにも難解で一般人では到底理解できない領域に達しているというのだ。それ故に偉大なる哲学者達が名乗りを上げて、彼の哲学を考察しているのだろう。


「だが俺の推測も正しいとは言えない。本人に直接聞いてみないことにはな」


「そうだな……いつかお前と鬼崎の対談が実現すればいいのだが」


「よしてくれ。相手はメジャーでも神と呼ばれている選手だぞ。おいそれと謁見するのは失礼じゃないか?」


 そう。鬼崎は神と扱われている。しかも多数の宗教が入り乱れるアメリカ合衆国で神の称号を得られているという事はつまり、人を超えた存在として認知されているという事だ。無論、そんな選手と簡単に言葉を交わすのは度胸以前の問題である。


「いいや。向こうがお前に興味を持ってくれれば対談の可能性も高まる」


「よし分かった。監督の言う通り、もしも対談まで話しが進んだとしよう。だが、そもそも会話になるのか? 相手は難解な言葉と独自の思考を放つ神だと聞いたが」


「大丈夫だ」


「その根拠は?」


 AKIRAの目はまさしくスターの目だ。そんな彼の常識を超える存在が、アメリカには存在する。あまりにも偉大過ぎて神々しい相手だ。


「野球の神様が一人だとは限らないだろう」


 監督はAKIRAの目を一直線に見ながらそう言っていた。この瞬間、AKIRAは監督が言いたい事を瞬時に理解し、大きく首を振って否定する。


「またか。俺は神なんかじゃないぞ」


「たまには客観的に物事を見たらどうだ。お前は自分の事を過小評価し過ぎているぞ」


「駄目だ。客観的思考に頼るのは危険すぎる」


 他人の考えと自分の考え、どちらを優先すべきかは明白だ。確かに人の意見に耳を傾けるのは大切だが、相手の意見が全面的に正しいと信じ切って墓穴を掘る人間は大勢いるとAKIRAは感じていた。大事なのは相手の言葉を削り取る作業をして、自分の言葉に変換する事というのも知っている。たんに客観的に自分を見た所で、十分とは言えないのだ。むしろ客観的思考はこれまで保ち続けた自分という存在を否定しかねない。


 故に、AKIRAは危険だと言っている。二心という悪魔を生む可能性があるのだと。


 すると、監督は頷きながらAKIRAの言葉を聞いたと思うと、おもむろに口を開く。


「ミスターオニザキも同じ事を言っていた。客観的に自分を見ると自我が崩壊する危険があると。やはりお前と彼は一度会って話してみるべきだと思うぞ」


 監督はそう言うと、カラオケが自分の番になったので席を立ち、マイクを持って歌いだした。





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