095 21世紀最高の5ツールプレイヤー
そうこうしている内に、監督の熱唱が終わった。そして次は必死に本と睨めっこしていた東川の番だ。東川はマイクを持つと、とても古典的な歌を口ずさみ始めた。いつの時代に流行ったと曲だと突っ込みを入れたくなるぐらいだったが、AKIRAはそれをグッとこらえる。
すると、監督がAKIRAの隣に座った。相変わらず覆面を装着していて正体がまったく分からない。目だけは見えているのだが、外国人の目なので判別など出来る訳がない。そもそもどんな男なのか、まったく見当がつかない。
「AKIRAよ。たまにはこういう交流も必要だろう」
そうなのだ。プロ野球選手はチームメイトと交流する事がとても大切だとされている。なんせ交流しないと相手が何を考えているのかが、まったくわからない状態で友にグラウンドで闘う事になるので、それだけは防がなければならない。とにかく、仲が良くて困る事は何一つない。むしろチームメイトなのに他人のような感覚でいる方がよっぽど危険であるというのは、AKIRA自身も心得ていた。
「そうだな。仲間と一緒に息抜きするのもまた格別」
AKIRAは孤独の辛さを良く知っている。特に夜は一人で寝る事が大半を占めているので悲しさも倍増する。それに布団に入ると嫌な事を思いだし、寝れなくなってしまうので一人で寝るのはあまり好きではない。だからこそAKIRAは夜寝る前に好きなだけ遊んで疲れてから眠るようにしている。こうする事によって、少なくとも後ろ向きに何かを考えるような真似はしなくて済む。
「まだ若いのに、良く分かっているじゃないか。野球とはコミュニケーションが大事な職業だと言う事がね」
「誰だって心得ているさ。それぐらいの事は」
野球選手は先輩達と気軽に交流できる人間ほど出世すると言われている。それは何故か。先輩は色々な体験をしているので、スランプの脱出方法も知っている。だから先輩から知識を授かって、それを吸収している者が活躍するのは当たり前っちゃ当たり前なのだ。だからこそ、先輩とコミュニケーションをとれない者はドンドンと落ちぶれていき、最終的には戦力外が待っている。
「そうか。それならいいんだが」
しかし監督はどこか声のトーンを落としていた。
「どうした。さっきまであんなにテンションが高かったじゃないか」
「俺は知念恭二という男とまともに話し合った事がない」
そう。監督とまともに会話した事が無いのは知念ぐらいだ。彼は常に孤独を好み、少数の人にしか心を開かない。それにより、監督とのコミュニケーションが不足しているというのだ。
「あいつは変わり者だ。最近の若者にはないポテンシャルを秘めている」
AKIRAにさえ無い物が彼にはあるというのだ。
「それはなんだね?」
「野球に対する情熱と探究心だ。あいつはその点だけは他の者より優れている」
「お前や、このワシを上回る情熱を……奴は持っているのか?」
「ああ。俺はそう感じた」
AKIRAは監督でさえ見抜けなかった知念の考え方を人知れず見抜いていたのだ。やはりAKIRAには指導者としての才能も人一倍大きいようだ。
「さすがAKIRAだ。君はワシよりも人を見る目があるようだ」
監督よりもだ。
「それは買いかぶり過ぎだ。俺は普通の人間なんだから」
しかしAKIRAは溜め息を吐きながら首を横に振る。自分の事は自分が良く知っているだけに、とてもじゃないが超人だとは思えない。精神的にも弱く、試合前になると腹の調子が悪くなる。そんな人間のどこが完全無欠なのか、世間に問い正したいぐらいだ。
「いいや違う。お前は運命の子だ」
「運命の子だと? そんな筈がないだろう」
「この阪海……いいや、この野球界を変える存在にお前はなる」
「救世主という事か」
「そうだ。お前という存在がもたらす貢献度は計り知れなくなるだろう」
「俺には不釣り合いな言葉だな。生憎俺は救世主でもないし、完全無欠の超人でもない。リンゴの皮むきすら出来ない不器用な男さ」
AKIRAは知っている。自分は家事が何一つ出来ない事を。
「皮むきなど出来なくても、世界は救えるだろう」
「世界だと?」
「ああ。今の野球は娯楽的要素が限りなく低い。サッカーやバスケットに貴重な人材が取られてしまい、若手が育たなくなっている」
そうなのだ。今時、野球よりもサッカーが子供達に人気なのは火を見るより明らかである。昔はスポーツと言ったら野球で、サッカーはどちらかと言えばマイナーなスポーツだったのだが、今はもうすっかり立場が逆転してしまった。恐らく、監督はそういう事を言っているのだろうと、AKIRAは感じていた。
「で、それと世界を救う事と何の関係がある?」
「お前は子供達のヒーローだ。子供達がお前を見てどんな感情を抱いていると思う?」
「可哀想な大人だと」
実際、AKIRAは自分の事を可哀想な人間だと思っている。こんなにも招魂が醜くて、腐った人間は中々いないと。しかし、監督は大きく首を横に振って否定をしていた。
「違う違う。子供達はお前を見てAKIRAみたいになりたいと言っている。お前という一人の人間が、再び子供達の野球熱に火を注いだんだ」
「前々から気になっていたが、俺みたいな選手を何故、世間は過大評価するんだ。これぐらいの成績なら頑張れば誰でも叩きだす事は出来る筈だろう」
5月の時点で2桁ホームラン。更に打率が4割越えで盗塁数も20を超えている。しかも低反発球でだ。AKIRAはそれでも誰にだって到達できるレベルだと頑なに信じている。
「それが出来ないから二軍にいる選手達は苦労しているんじゃないか」
「自分に合った練習方法を見つければ、きっと可能だ」
「確かに……お前のような選手が増えてくれれば嬉しい。だが俺は断言するよ。君は21世紀最高の5ツールプレイヤーで、今後100年は君より優れた選手は出てこないと」
監督は気合の入った目で、一直線にAKIRAを見ていた。




