093 二つ目の打撃フォーム
知念恭二という男を語り始めるとキリが無い。それだけ、たった一か月で彼が残した足跡は計り知れないという事だ。走塁も群を抜いていて、守備も野性味あふれる豪快なファインプレーが目立つ。そして何よりホームランを打つ技術が異様に高い。これで高卒一年目なのだから相当期待が高まるに決まっている。
しかし知念はそんな周囲の期待とは裏腹な行為を毎回のようにしている。サインミスは勿論の事、乱闘を起こしたり、電話ボックスを破壊するのは日常茶飯事だ。それ故に彼はスターになりきれない。本来ならば高卒一年目でここまで成績を残している人物は雑誌やテレビでも過剰に取り上げられる。AKIRAがそのいい例だ。
彼は一年目でホームランを40発以上も放った事でスーパースターの階段を現在進行形で登っている。彼の全身から無意識に放たれているカリスマのオーラがそうさせているのかもしれないが、それでもマスコミの騒ぎ用は度を超えてしまっている。まるでAKIRAがこの世界を救ったヒーローのように取り上げられているのだ。
21時55分から始まる某ニュース番組ではAKIRA専用のコーナーが設けられ、元プロ野球選手を読んで徹底解析をしているぐらいだ。こんな選手は後にも出てこないだろうと言うぐらい好待遇を受けている。奇しくもこの番組はニュース番組の中でも非常に視聴率が高いニュース番組なので、それの影響もあって一般人にもAKIRAの名は知れ渡り、野球選手の中では、あの鬼崎の次に知名度のある選手へと急成長した。
本来ならば知念もそれぐらい過剰にニュースで取り上げられるべき人物なのだが、知念の姿がニュースで映るのは暴力沙汰やカメラに向かって暴言を泣く時だけだ。それ故に、知念は一般人から「犯罪者予備軍」として認識されてしまっている。
それぐらい性格に欠点のある男なのだが野球人としての彼は本当に純粋で、ストイックに努力を続けている。練習も深夜までやっていて、AKIRAの次に練習量が多いと言われているのだ。
だからこそAKIRAは知念の野球力を頑なに信じていた。彼なら分かってくれるだろうと思ったからこそ『むちゃくちゃ打法』の重要性を彼に訴えた。
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「知念なら必ずやってくれる」
AKIRAはそう信じて彼をジッと見つめていた。すると右打席に入った知念は彼の言うう通りにむちゃくちゃな打撃スタイルになっていた。全身から力を抜いて、まるでこんにゃくのようにフニャフニャと化している。しかも足は蟹股に開いて「なんだあれは!」という声が聞こえそうなぐらい常識から逸脱しているではないか。これにはAKIRAも驚いて、目を大きく開けた。
「なんだよ。あのへんてこりんな打ち方」
どうやら隣の光太朗も同じ意見のようで知念の打ち方に疑問を浮かばせている。確かにAKIRAは「むちゃくちゃ打法で打て」と言ったが、あそこまでむちゃくちゃなのは見たことがないという程に。
「……知念は初めから知っていたかもしれん」
「え?」
光太朗が素っ頓狂な顔をして首を動かしてきた。
「ブライアンのナックルカーブを打つにはむちゃくちゃ打法が効果的だと」
「まさか……対ブライアン用の打撃スタイルを確立させていたというのか」
「可能性は高い」
AKIRAは腕を組みながら、知念の打撃を見守っていた。
「しかしそれなら初回からあの打撃スタイルで打てば良かったと思うが」
確かに光太朗の意見は筋が通っている。本当に対ブライアン用に新しい打撃フォームを生み出していたのであれば初回からその打ち方をすれば良かったんじゃないかという考え方だ。実を言うとAKIRAもその点が気になっていた。しかし脳をフル回転させて時間が経過していく内に、ある仮定が脳内に浮かび上がってきた。その仮定とは。
「様子見……か」
「てことは何か。俺達を踏み台にしたってことか!」
ナックルカーブに翻弄されるAKIRA達を見て内心ほくそ笑んでいたかもしれない。「俺には切り札が残っている」のだと。だが、早くに切り札を見せなかったのは賢明な判断だとAKIRAは感心していた。なぜなら切り札を早く見せる行為は愚かであり、それでは勝てる試合も勝てなくなると知っていたからだ。
それ故に、怒り狂っている光太朗を「まあまあ」と言いながら宥めていた。最初の内は我慢できずに叫び倒していた彼だが、次第に落ち着きを取り戻したのか静かになってベンチに座っていた。
「踏み台じゃない。奴は切り札を温存していたんだ」
「そんな利口な奴だとは思えないが……AKIRAが言うのなら俺もそう信じよう」
AKIRAの発言力の高さはここまで来ていた。10以上も上の先輩が後輩の言葉を信じて行動するというのは社会的にはほとんど有りえない。それは先輩にもプライドがあり、自分の考えを持っているからだ。しかしAKIRAはそんなプライドに変化を与える程の力を持っていた。その力はまさにトップクラスの政治家が行っている演説の言葉に近い。民衆を束ねるための魔法の言葉。それを若干19歳の彼は持っているのだ。
「俺じゃない。知念を信じてやってくれ」
しかし、AKIRAはどんな時でも謙遜的だった。決して自分を過大評価する事もなく、彼は知念の打席に集中していた。




