091 常識をぶっ壊す一撃
石井は今年で50歳を迎える高齢だ。両リーグの野手陣の中でも一番年齢を重ねているだけでなく、プロ野球歴が30年以上なのも石井だけしかいない。しかも4000本安打を達成している大打者なのでもっと注目されても良い筈なのだが、残念ながら石井のファンはあまりにも少ない。ツイッターのフォロワー数も両リーグでだんとつのワーストで、わずかに18名程度しかいない。そこらの一般人よりも少ないのだ。しかもツイッター歴は現役選手の中では一番長いのだ。
それなのに、何故か石井のツイッターは誰にもフォローされない。それどころか年々減少傾向に見られる。毎日呟いて野球ファンにはたまらない球場の中を撮影した写真もアップロードしているのにだ。これにはさすがの石井も「仕方がない」と言わざる終えない。
これは昔からなので仕方がないのだ。本当は素晴らしい成績を残している筈なので思っているよりも評価されない。それどころか皆は他の選手に夢中になって石井の存在そのものを忘れてしまう。
だが、確かにその通りかもしれない。打率.250でホームラン数が5、6本を安定して叩きだす選手故に地味すぎるのだ。タイトルを獲った事もなければ月間MVPすら30年というプロ野球歴の中で片手で数える程しかいない。昔は番長と呼ばれる無冠の帝王が存在していたが、石井は帝王という器では無い。
それ故に評価し辛いのだ。盗塁でもいいし守備でも構わない。どれか一点でも突き抜けていたら評価に繋がるのだが、石井はどれも無難にこなす。
そう、怖いぐらいに普通過ぎるのだ。プロ野球の世界で普通の事が出来る選手はとても重宝する。実際に石井は関係者からは絶大な人気を誇る。この歳でもベースランニングは上手く、盗塁も期待できるし守備範囲もそれなりにある。それでいて、年間5本程度のホームランを放つ遊撃手は今の低反発球時代にはとても重要な役割を担う。それだけに、石井は50歳までプレーする事を可能とさせたのだった。
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「石井先輩。めちゃくちゃ打法だ!」
AKIRAがそう叫ぶと、石井は黙って頷いた後、左のバッターボックスに向かった。低反発球の影響で左打者のホームラン数は激減すると言われたが、石井はそんな事はものともせず低反発だろうが高反発だろうが毎年同じ結果を残す。だからこそ期待はそれなりに持てた。
「さすが阪海の4番だ。誰よりも早くブライアンの弱点に気が付いたな」
そう言うと、監督自ら席を立ってAKIRAの隣に座った。相変わらず覆面を被って正体が誰なのか分からない。
「それはどうも」
AKIRAは、素直に褒め言葉だと思って受け取った。
「東川の打法にヒントがあったのだな」
「ああ。パラダイムシフトだ」
そうだと言うのだった。
「成程……常識を覆す事こそブライアントを玉砕させる答えだったのか」
「ああいう相手とまともに戦うのは愚の骨頂。海を飲み干そうと思うぐらい無謀だ」
AKIRAは真面目な話しをしている。普段の渡辺明はとても陽気で明るい性格なのだが野球選手のAKIRAは全く正反対だ。常に自分を疑って、今読んでいる配球は正しいのかと自問自答する。それ故に頭の回転は他の選手とも一味も二味も違う。常に三手先を読む姿は監督よりも監督らしいとまで言われている。本人から言わせれば、ただ考え事をしているだけなのだが周囲の人間からは「偉い奴だ」と思われている。そういう人間は一般人には実に多いのだが、野球選手としては珍しい。
「常識が通用しない相手には非常識で対抗か。素晴らしい発想だ」
監督はAKIRAの肉肉しい右肩を掴みながら褒め称えていた。
「俺を褒めるのは筋違いだ。褒めるならまず、ホームランを打った東川先輩だ」
「そうだったな」
監督がそう言って立ち上がると、今度は右隣に座っている光太朗が服の袖をツンツンと触りながら声をかけてきた。
「おいおい。監督に褒められるとか、お前やるじゃん」
「何を言う。まだ結果は出ていないだろう」
そう。まだ石井はブライアンと対戦している途中だった。確かに自分から体勢を崩してめちゃくちゃに打っていて、結果は出ていない。しかし石井は明らかにさっきよりもボールが見えており、タイミングは合っている。選球眼も良く、ファールで粘っているのだ。
「だが、タイミングは合っている。しかもナックルカーブだぞ」
そう。先程石井が手こずった筈のナックルカーブに上手くタイミングを合わせているのだ。とてもじゃないがさっきと同じ人間には思えない。
「そのようだな」
球速的にも変化的にも火を見るより明らかだった。石井の目がしっかりとナックルカーブを捉えている事が。
「フォームを変えただけで、ここまで人間は変わるのか」
「そうだ。俺もノーステップ打法に出会ってから全てが変わった」
そうだと言うのだ。ヒットやホームランをより多く打とうと思ったら何が必要なのか考えると、行きつく先は打撃フォーム。それも自分のスタイルにあった完璧なフォームが必須であると、今のAKIRAなら断言できる。
「そうなのか……ん!?」
その瞬間、二人の耳につんざくような轟音が鳴り響いたと思うと次の瞬間には観客の歓声が耳に入ってきた。「もしや」と思ったAKIRAが前を見ると、そこには笑顔でダイヤモンドを一周する石井の姿が見えたのだった。




