089 個性
この東川という男は非常に知的でクールな性格をしている。顔立ちも中性的で、ワイルドダックス女子の間でも爆発的な人気を持っている。それこそ女子人気ではAKIRAと同格なぐらいなのだ。それぐらいカッコよさげな彼なのだが、野球の場面では荒くれたプレーを見せる。それこそ日本では「美しい投球フォームこそがすべてだ!」と、少年野球だろうが高校野球の指導者だろうが関係なく、職人のような手さばきで投球フォームを整える。あの知念ですら高校時代の投球フォームは一般的なオーバースローそのものだった。
だが東川は違う。高校卒業から直接メジャーリーグに挑戦した。その時に所属していたダブルエーの監督に「ちょっと待てお前。その投球フォームはなんだ」と釘を刺されて汚いフォームに改造されてしまった。しかし、そのフォームにしたとたんに成績は抜群に伸びて、その後はメジャーでもそれなりに活躍出来た。そう、彼はメジャー使用のフォームなのだ。
腰を極限まで捻って背中を見せ、その後右手を大きく上げて振り下ろす。投げた後は一歩間違えれば転げそうなぐらいの勢いで頭を下げて最後には両脚をクロスさせて上を向くという『なんじゃそりゃ投法』だ。ここまでくればナルシストかと思われそうだが、あまりにも変態的な投法で結果を残すので、良い意味でファンからも受け入れられるようになった。
だが。
彼はそれだけじゃない。打撃フォームも独特で無茶苦茶だ。バットを構えると、まるで前世に祟られているのじゃないかと心配になるぐらいバットを両横に振り回しながらボールを待っている。そしてボールが来たと思うと自ら体勢を崩して打ちにいくのだ。それはもう傍から見れば酔っ払った成人式に兄ちゃんがハメを外してるぐらい、千鳥足でふざけたように見える。
しかし当の本人は至って真面目な性格だ。何もしなければ普通のイケメンであり、存在感も溢れている。学情の成績も優秀で彼は東大卒のプロ野球選手だ。そんな彼が球場で意味も無くふざける事は絶対にしない。だから本人は真面目にプレーをしているのだった。
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「東川が打席に立ったぞ。また俺達を笑わせてくれるのか?」
キャッキャ笑いながら、光太郎が嬉しそうな表情を見せていた。そんな光太朗を見ていると嫌な気持ちになったAKIRAはボカンと一発後頭部を殴りつけた。
「人のプレーを馬鹿にしちゃいけないぞ」
どっちが先輩か後輩か分からない。普通、プロ野球は年功序列の筈だがAKIRAにとっては全く違う。会話をしているだけで何時の間にか立場が逆転し、先輩が「はいそうですね」と頷いている場合が多々見受けられる。それだけ、AKIRAから無意識に放たれているスター性が周囲の人間に影響してしまうのだろう。「あいつには勝てない」という意識が先輩陣の中に芽生えているかもしれない。
それを裏付けするように、光太朗は特に怒った素振りを見せず後頭部を触るだけだ。大声を出す事もなければ、電話ボックスを破壊する訳でもない。もしもこれが他の後輩の仕業なら彼はたちまち怒り狂って、殴り返す筈。しかしAKIRAには何もしてこない。
「そうだな……俺が悪かった」
それどころか、先輩が後輩に頭を下げて謝っている。こんな現象は滅多に見られない。接客業ならばたまに見受けれれ行為だが、二人ともプロ野球選手だ。年功序列で、いくら成績が良くとも後輩は後輩で先輩は先輩で立場は変わらない。ただ一人を除いて。
「分かればいいんだ。人が真面目にやっている所を笑うのは失礼に値するから注意してくれよ、光太朗さん」
AKIRAは間違った事を言っていない。あまりにも正論なので言い返す事が出来ないのかと言われればそんな事もない。光太朗ぐらいなら多少筋が通っていても、相手が格下ならば怒りに任せて言い返すのだ。それぐらい、光太朗にとってAKIRAという人間は後輩以上に愛情を持っているというのだろう。
「それでも、あの打撃方法は常識から脱しているって」
「東川先輩は常識を知っているからこそ、常識を破ったんだ。決まり事だからと言ってフォーム改造すれば、東川先輩の成績は恐らく下がる」
AKIRAはそうだと分析していた。
「そうなのか?」
しかし、光太朗は半信半疑のようである。
「間違いない。苦しみが待っているだけだ」
いつ抜けるか分からないスランプという道に迷い込む。そんな気がしていた。
「でもよ。改造すればもっと上手くなるって可能性も捨てきれないと思うが」
「鬼崎さんがフォーム改造していれば、今頃メジャーにはいなかった筈だ」
鬼崎喜三郎とは70歳を超えた今でも野球を続けていて、日本人メジャーリーガーの象徴的存在だ。そんな彼は一本斬り打法というまるで刀を射抜くような打ち方をしている。当初はかなり叩かれて、監督にも「打つ気あるのか!」と入団当初は激昂されたらしい。だがどんなに言われてもフォームを変えなかったので今の鬼崎が存在していられるのだとAKIRAは考えていた。
「うーむ……言われてみればそうかも」
ようやく光太朗は納得したようだ。常識を打ち破る事も時には必要なのだと。
「分かったなら、彼の打撃に集中しようか」
「そうだな。俺達は応援するしか出来ないもんな」
こうして二人はベンチに座って、東川の打席に集中するのだった。




