086 勝負師、芝田の一撃!
AKIRAが三塁に到達する事により、芝田の目つきは明らかに変わっていた。威圧感に溢れ、必ず打ってくれるだろうという確信に似た感情がAKIRAに浮かんでいた。それはきっと観客も同じだろう。まるでスターの打席のように、観客たちは熱気に包まれている。それぐらい、芝田がチャンスに強いという事を観客も分かっているのだ。
アウェイだが、それを感じさせない程の熱気に包まれていた。阪海ファンとキャッツファンの半分同士が球場に入っているというぐらいか。
やはり阪海は西の都会である大阪を拠点としているだけあって、ファンの数は多い。2年前まではあまりの弱さに見捨てられていたが、最近はAKIRAの加入によって爆発的に強くなり、黄金時代を見ていたファンが戻ってきてくれたのだ。選手にとって、お客さんが球場に入っているという事は非常に嬉しい。
野球選手は客商売なので、接客業となんら変わらないのだ。客がいっぱい来てくれれば嬉しいし、来てくれなければ悲しい。当たり前の事だが、特に阪海は客の数が倍増した事でフロントの堅物オジサンたちでさえ、飛び上がるぐらい歓喜している。
そして。
ブライアンから投げられたナックルカーブに完全にタイミングを合わした芝田。体勢を崩す事も無く、きっちりと体を回転させてフルスイングをしたのだ。
バギュウウンンンン!!!
まるで銃声音のような音が響き渡ったと思うと、ボールは一直線に伸びていき、阪海ファンの待つライトスタンドの上段に叩き込んでいた。そう、先制のツーランホームランである。試合では常に鉄仮面のAKIRAでさえ、これには嬉しくてたまらない。やがて本能が理性を超えて、ベンチに戻ったAKIRAはカメラに向かって小躍りを披露した。
堅物若手スターの小躍りである。視聴率が上がった事は言うまでもない。「あのAKIRAが感情を出しているぞ」とファン達は今頃不思議に思っている事だろう。だが、叫びたい気持ちなのに感情を抑えるのは精神的ストレスになるだけだ。
ストレスを溜めないのが一番いいのは当たり前なので、AKIRAは踊ったのだ。それは人間に宿る本能的な動きなので、なんら不思議では無い筈である。
「やったな。二人共!」
すると石井が満面の笑みで二人の帰還を祝福していた。しかも彼は、両拳を前に突き出すという、あの伝説の名監督のポーズをしているではないか。
「俺は何もやっていない。決めたのは芝田さんだ」
「止して下さいよ。AKIRAさんが塁に出ていたから僕は頑張れたのに」
そういいながら、二人はじゃれていた。ここまで被本塁打0のブライアンから先生ホームランを放ったというのだから嬉しくてたまらない。楽しいという気分とは違うが、それでも喜びが全面に押し出されているのだ。
「そうだぞ。あそこで盗塁を決めたAKIRAも立派だ」
大先輩の石井が褒めているのだから間違いない。
「運が良かっただけだ。敵の捕手がもし矢部さんだったら俺はきっと今頃……」
考えるのも恐ろしい。
「なーに、結果が出たんだからそれでいいじゃないか」
しかし石井は楽天家なので笑顔だ。
「まあ……そうだな!」
AKIRAもいつも見たく精神的に物事を考えず、むしろ開き直ったような態度を見せた。完璧主義からの一時的な脱却。それがどうなるか定かではないが、この時ばかりは落ち着いていられない。
「さて、お前ら座って次の攻防を見届けようじゃないか」
石井の一言で、二人は共にベンチに座った。次の打者は6番DHの神野光太朗から始まる。いくら守備が良くなったといっても数をこなしていないので安心は出来ない。なので、DHでの起用となっているようだ。
「次は光太朗さんか。なんとかヒット一本を頼む」
AKIRAは願うしかない。
「左対右の対決か」
ブライアンが左投手で、光太朗が右打者だ。左打者が多い阪海にとっては貴重な右打者でパンチ力もあれば足もそこそこ速い。守備さえまともならば言う事なしなのだが、今の彼の守備は未知数にも程がある。こんな重要な試合で守備に就かすのは不安がある。だからこそ、この試合はレフトに山室を起用している。
「あいつら、そんな枠には囚われんぞ」
石井は知っているようだ。光太朗が左も右も苦にしない事を。だからと言って、左投手が相手でも難なく打てるとは口が裂けても言えないが。
「そうなのか。それは見習わないとな」
「え、AKIRAさん左投手からもそれなりに打ってますよね?」
ここで芝田が顔をこちらに向けて首を傾げてきた。AKIRAは左対左を気にすることなく高打率を維持しているのだと。
「いいや。そうでもないぞ。4割と3割では天と地の差だからな」
「何言ってんですか。19歳で3割打てるなんて化け物ですってば」
「そうなのか。あまり深く考えてこなかったが」
そう、4割という数字があまりにインパクトが強すぎて、AKIRAは「左投手から3割しか打てない」と自分を卑下していたが、そこまで卑屈に考える必要は無いのだと芝田が言ってくれた。
「そうですよ。僕なんて2割がやっとなんですから!」
だが、どっちもどっちだ。彼の満塁打率はAKIRAをも上回るのだから。そういう意味では、AKIRAにも彼を見習う部分はあるという事だ。




