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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
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085  最強のクラッチヒッター


 芝田という男はまさに5番打者に相応しい男だった。4番は絶対的象徴だと言う事はすなわち4番打者こそ最強という事になる。だが、最強であるが故に勝負してもらえないという事がまれにある。所謂敬遠だ。バッターとの勝負を避けて、四球で歩かされる。要するに次の5番打者で勝負しようというバッテリーの考えだ。


 だからこそ4番を敬遠させないために5番打者は打点を稼ぐ役割を担っている。4番で返しきれなかったランナーを根こそぎホームベースに返す。それが5番として最高の働きだ。


 その仕事が芝田という男とマッチしているのだ。その理由は彼のバッティングスタイルにある。芝田はランナーがいる事で打撃力が爆発的に向上するという稀なタイプだ。それも本塁に近い程能力は増し、三塁にランナーがいればそれはもうAKIRAからミート力を落として、ちょっとパワーが無いぐらいの打撃力になる。他の球団なら余裕で4番打者を任されるレベルだ。


 そして塁が全て埋まって満塁になった時は、AKIRAよりも打撃力は上だと言われるぐらいだ。それぐらいのクラッチヒッターが後ろにいればAKIRAを敬遠しようなどと考えるバッテリーはいない。


 AKIRAを歩かせたという事は、ようするにスリーベースヒットを打たせたという事と同じ意味だ。なぜならばAKIRAは他の4番打者と違って、日本最速の足があるのだから。そんな訳で、AKIRAを敬遠で歩かせようなどという浅はかな考えは通用しなくなった。これが阪海ワイルドダックスの勢いを増加させる要因になっているのかもしれない。




 *******************




「芝田。後は頼んだぞ」




 左打席に向かう芝田に向かってAKIRAは心の中で呟いた。この芝田という男はAKIRAの全てを劣化させた男という評価を受けている。それはすなわち最高の名誉なのだ。AKIRAと比べられる時点で異次元級の打撃能力を持っていないと話しにならない。


 彼は身長188センチと日本野球界では背が高い方だ。それでもAKIRAの身長に遠く及ばない。そして何故芝田が左打ちなのかという疑問が湧く。その理由は彼も長打が撃てる俊足バッターだからだ。これもAKIRAには及ばない程度だが。


 そしてホームランの飛距離も最長155メートルと特大ホームランを放ったことがある。言わずもがなだがAKIRAは180メートル級のホームランを打ったことがある。


 このようにAKIRAには及ばないが、それでも野球選手としては最高のパフォーマンスが出来る。しかもプロ一年目でこれなのだから期待が持てるものだ。


 そんな芝田だが、ミート力は皆無である。打率は2割前後を彷徨っていて、ランナーがいない時はヒットなど打つ期待さえ持てない。たまにファールゾーンぎりぎりのヒットやポテンヒットを打つ事が出来るが、それは全てまぐれに過ぎない。AKIRAのように狙ってそこに打つという技術を持っていないのだ。


 それでも芝田はチャンスに滅法強い事はAKIRAも知っている。満塁の場面では8割近いアベレージを残しているぐらいなのだから。ハッキリと言えば、満塁の場面ではAKIRAよりも芝田の方が打撃力は上だ。それぐらいチャンスに強い男なのだ。


 この男を代打の切り札として使えれば最高だが、生憎阪海にそんな余裕はない。打撃は良くとも守備がカラッキシの芝田を使わざる終えないのだ。しかもDHに使われるのは更に守備が酷い光太朗なので、今日も我慢して三塁で使われている。


「芝田あああ! 期待してるでええ!」


 スタンドから阪海ファンのオジサンが声を荒げている。AKIRAはその声で不意に芝田の打席を見つめる。彼もAKIRAには及ばないが、独特の構えをしている。威圧感もそれなりにあって、ピッチャーも投げにくいのかも知れない。


 そしてブライアンから1球目が放たれようとした。その瞬間、彼の投げるボールがナックルカーブだと本能的に判断したAKIRAは、その本能に信じてスタートを切った。普段ならば、本能はあまり信用していないのだが、この時ばかりは信じてみることにした。


 するとどうだ。


 実際にナックルカーブが投げられたではないか。ブライアンの投げるナックルカーブはそこまで速い球ではない。それに相手キャッチャーもそこまで肩が強い方では無かったので、返球される頃にはAKIRAが二塁ベースに仁王立ちしていた。悠々とセーフである。


 これで芝田の目つきがガラリと変わった。まるで鬼のような鋭い目つきと化し、燃え上がる闘志がハッキリと見える。


「凄まじいオーラだ」


 まるで鏡に映っている自分を見ているかのようだ。それぐらいAKIRAと似たような雰囲気と化している。


 だが、投手のブライアンは静かな顔をしていた。それは何故か。まだAKIRAほどの威圧感を放っていないからだ。


 さすがにこれでは打てないだろう。そう判断したAKIRAは三盗を狙う事にした。この三盗は盗塁の中でもトップクラスに難しいので普段なら躊躇する。だが、今回はチャンスになればなるほど本領を発揮する男が打席に立っている。


 迷う事がおかしい。


 そう思ったAKIRAは再び走った。今度は盗塁を警戒したのか高めのストレートを投げてきた。だが、さっきの通り捕手の肩は速くない。今度は返球と塁に到達するのがほぼ同じタイミングだった。


 審判の動きが止まり、緊張が走る。しばらく審判の目を見つめるAKIRAだ。そして、ようやく彼の手が動いた。両手が横に広がり「セーフ」という言葉が漏れる。


 危なかった。もしもキャッチャーがツネーズの矢部ならば余裕でアウトになていた頃だろう。そんな安堵感を感じながらふと打席を見てみると、芝田の身長が先程よりも大きくなっている錯覚に陥った。


 これで準備は整った筈だ。後は芝田の打撃に注目するだけである。



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