081 俊足豪打の右バッター
ブライアンの変化球はそれこそ日本にはいないタイプの変化をしているので、苦戦を強いられる事は予想していた。しかし今季絶好調の石井がまったくタイミングも合わずに凡打したのだから不思議だ。打席に立ち、あれほどまでに打ちそうな雰囲気を出していたのにも関わらずだ。
ああいう時はヒットを打つ可能性が高くなるものだが、実際はそうじゃなかった。三球続けてナックルカーブを投げられたにも関わらず、手も足も出なかった。しかも石井は絞り球をナックルカーブに指定したというのだから驚きだ。
プロ野球選手ならばどんな球がくるか分かっていると、大体はヒットに出来る。それなのにしてやられたと言うのだから絶望感のような感覚をベンチの皆は感じていたようだ。空気が張り詰められていて、とても次の知念にも期待を持てないかのような顔をしているのだ。監督やコーチでさえも訝しい表情を浮かべている。
この雰囲気を何とかしなければ攻略の糸口は無い。そう思ったAKIRAは何とか知念が一本でもヒットを打ってくれと願うばかりだ。知念は2番を打っているが、それこそ繋ぎの2番の訳がない。自己犠牲を最も嫌うタイプなのでたとえバントのサインがでようが悉く無視するだろう。
するとここで、何故知念が2番を打っているのかという疑問に繋がる。その理由は監督が元メジャーリーガーだからだ。メジャーは日本のようにバントの名手が2番を打っている訳ではなく、むしろ強打者が2番に置かれているケースがほとんどだ。
それ故に、ワーグナー監督は知念を2番に起用している。18歳という若さでありながらホームランを打てる能力はAKIRAに次ぐものがある。AKIRAの成績が圧倒過ぎて隠れているが、そもそも知念の打撃成績は目を見張るのだ。
低反発球が実用化されて以来、投高打低のプロ野球界だが、そんな中でもホームランを7本近く打っている。しかもまだ18歳という若さなのだ。阪海には珍しく若手のスター選手が出てきて嬉しい悲鳴を上げている。最初こそブーイングの的だった知念も結果を出す事によってファンの人達から認められて、一躍スター選手の仲間入りを果たした。と言っても、性格が性格なので嫌いな人と好きな人とで激しい論争が繰り広げられるのだが。
そんな知念でさえ、「ブライアンの球は打てないだろう」というベンチから囁かれていた。なんせ知念は18歳なのでナックルカーブなど見た事もなければ聞いた事さえなかったかもしれない。実際、プロ2年目のAKIRAでさえ、こうして生のナックルカーブを見るのはこの試合で始めてなのだから。
だからと言って、ネガティブに考える必要は無い。もしかしたら打てるかもしれないという期待を胸に、AKIRAはベンチから知念の打席を見守るのだった。
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「知念は奴のナックルカーブを打てるのか?」
そんな疑問が光太郎の口からこぼれていた。いつもなら強気で人一番明るい光太朗でさえ、ブライアンのナックルカーブを見て震えあがっているようだ。
「疑う意味は無い。信じればいいだろう」
そう、信じればいいのだ。
「18歳のガキを信じる気にはなれんな」
知念と光太朗は良く似ている。両者共に絶対的な自信を持っており、自分こそが神に選ばれし者だと本気で思っているようなタイプだ。そんな両者が相対する時、そこには亀裂しか生まれない。まさに同族嫌悪という奴だ。と言っても、似ているというだけで根本的な思想は違う。光太朗は人によって意見を変えるタイプだが、知念は誰だろうが意見を変えない。思った事を口に出して反感を買われるのだ。
「俺だって19歳だぞ」
「お前は別格だ。そこいらの19歳とは格が違う」
「俺は俺だ。特別な存在じゃないし、普通の19歳だ」
「普通の19歳がプロの一軍で4割も打てるのか?」
AKIRAと光太郎が会話をしていると、ついに知念とブライアンの勝負が始まった。二人は共に真剣な表情で勝負の行く末を見守っている。まだ一巡目だが、期待するのに越したことはない。
「口ではああだこうだ言ってたくせに、随分と真剣な表情じゃないか」
光太郎の真剣そのものの顔を見て、AKIRAが話しかけた。
「なーに。お前の言う通り、信じてみる事にしただけさ」
やはり光太朗はAKIRAにゾッコンだ。AKIRAの一言一言に耳を傾け、意見を吸収しているのだ。年下の選手に惚れるというのは、ある意味AKIRAの人間力が高い証拠なのかもしれない。
「ああ、信じる事は大切だ。結果はどうあれな」
知念は右のバッターボックスに入った。今時、俊足で右打者というのは希少価値が低くなっている。というのは左打席の方が圧倒的に一塁に近いので、足の速い選手はどうしても左バッターに転向させられる。これは自分の意志ではなく、中学や
高校の監督の意志である事がほとんどだ。
しかし、知念はどういう訳か右打者である。知念の事だから、監督の言葉には耳を傾けずに自分流を貫いたのだろう。
「さあて、一球目は?」
すると、ブライアンから唸るような速球が放たれたと思うと、インコース高めに直球が浮いた。主審はすかさず「ボール」と叫び判定する。球速は137キロと決して速くも無く、打つ必要のない球だ。
「さすがに見極めたか。高卒のガキにしては出来るじゃねえか」
腕を組み、光太郎が珍しくAKIRA以外の人物を褒めていたのだった。




