080 エドワードの闘志
エドワードの投球術は群を抜いていた。プロの集まりであるにも関わらず、こちらが高校球児のように技術的に未熟な存在ではないかと錯覚させれれそうなぐらい、相手投手の投球術は目をみはるものがある。エドワードがメジャーで通用しなかったのは決め球を持っていなかったからだ。ところが、ナックルカーブという決め球を習得してからのエドワードは一味も二味も違う。
今ならば、メジャーでも十分活躍出来るのではないかと、AKIRA自身も思っていた。それぐらい技術的な差を思い知らされる。
だからと言って引き下がる訳にもいかない。こちらとしてもプロである以上全力を出して闘うのが当たり前だ。特に観客や応援してくれるファンがいる前で弱気なところは見せられないというのがAKIRAの考え方だ。
彼らがいなければ自分達の存在理由など存在しない。AKIRA達がプロで野球を出来るのは全て、彼らがお金を払って球場にまで足を運んでいるからという当たり前の事だが、他の選手はどうもその真実を忘れてしまっている。だから怠惰なプレーをして手を抜いてしまうプレイヤーが圧倒的に多い。
しかし、超一流の選手はそうじゃない。ファンがいるから自分は野球が出来るという事実を真摯に受け止めて、どんな状況だろうが常に闘う姿勢を崩すことは無い。もしも闘う事を放棄すれば、その時点で自分を支えてきたファンの心を裏切ってしまう。
だからこそ、AKIRAは自分だけではなく他の選手達を鼓舞する。ファンという存在を忘れてしまう事がないように。
******************
縦に割れるように変化するナックルカーブ。あまりにもコントロールが難しい変化球として日本ではほとんどこの球種を投げるピッチャーはいない。だが、外国人とならば話しは別だ。彼らはその大きな手を生かして、いとも簡単にナックルカーブを投げてくる。と言っても、この球種を完全にマスターできるものはメジャーでも数少ない。
このマウンドに立っているエドワード・ホーリーも決して完璧ななっくるカーブとは言えないだろう。それにも拘わらず、先頭バッターの石井はまったくタイミングがあっていないようで体勢を崩されている。
来ると分かっていても打てないようだ。
「完全にタイミングがあっていないな」
ベンチで見ているAKIRAは監督に声をかけた。AKIRAはいつも監督の後ろに座っていて、常に試合展開を共に分析しているのだ。このように年上の人間と多く会話をするのは社会人としてやっておいた方がいい。
良く、『年上の友達を持っている人は出世する』と言われているがまさにその通りだと言える。友達とまではいかないが、最低でも普通の交流はしておいた方がいいだろう。今のAKIRAのように。
「あれは駄目だ。ザ・キャプテンのヒットを打てる未来が見えん」
今年もキャプテンは石井に任されている。人望もあつく一番の年上なのだから皆文句はいない。それに今年は成績も好調なので、今のところはキャプテンに相応しい成績を叩きだしている。
この先どうなるか分からないが、石井には出来るだけ長く阪海に在籍して欲しいと思うAKIRAだった。それは親友という事もあるが、50歳を超えても野球熱を冷まさせないその姿勢はルーキーたちの見本となる。
もはや超一流の選手の仲間入りを果たしたAKIRAでさえ、彼から学ぶ事は多くある。野球は何も技術だけでは無い。考え方や思想なども反映されるスポーツなのだから憧れの存在がチーム内にいたほうが自分自身のやる気にも繋がる。
少なくとも、AKIRAはそう思っていた。
「ナックルカーブを打とうとして力み過ぎているようだな」
そう、冷静に分析するAKIRAだった。
「石井程のベテラン選手が必要以上に力むとは」
火事場の馬鹿力という言葉もある以上、力むことは左程問題では無い。重要なのはタイミングだ。ずっと力んでいては体に支障をきたす場合もあるので、力む時はタイミングを見計らってからする必要があるのではないかとAKIRAはひそかに感じていた。しかし、どうやら監督も同じ意見のようで不必要な力みは打撃の妨げとなるという事だ。
「それぐらい、奴から放出されるエネルギーは凄まじいのか」
「ああ……私にも見えるぞ。奴の絶対的な自信が」
何があっても打たせないという決意のようなオーラが満ち溢れているのだ。そのオーラに圧倒されたのか、石井は甘いコースのナックルカーブにすらひっかけてサードゴロに打ち取られたのだ。
石井はショボンとした顔でベンチに戻ってくる。余程、ヒットを打ちたかったようでさっきまでの威勢は何処へやらだ。自信満々にルーティンをこなしていた石井は、どうやらエドワードの闘志に参ったらしい。お手上げだとばかりに苦笑いを浮かべているではないか。
「すさまじい変化だ。打てることには打てるがヒットにする事は難しそうだぞ」
石井はそうだと言うのだった。




