008 メジャーの怪物
今日の先発は3日前に90球を投げたばかりのAKIRAである。この日のAKIRAも一番ピッチャーとしての出場だった。
すると、なんとしてでも0に抑えると言う気持ちが乗り移ったのか、一回表は三者連続三振で打ち取り、上々の滑り出しを見せる。
「一番ピッチャーAKIRA」
場内アナウンスがすぐさまAKIRAの名前をコールする。まだ投手として投げ込んだばかりで野手としての仕事をする切り替えが上手く出来ていない状態なのだが、こればかりは仕方ないので、愛用の黒いバットを持って左打席に立った。そして、ルーティンでブンブンとバットを打席で振り回しているのだが、このバットの重さは両リーグトップだった。高校生の時に、既に握力測定器で100を振り切って測定不能だったAKIRAにしか扱えない貴重なバットである。周りから見ると簡単に振っているように見えるが、プロの選手でも扱うには骨がいるバットだった。無論、このようなバットは職人に発注するしか手に入らない。そのため、AKIRAタイプのバットは他の選手のバットより値段が少々高めなのだ。
そんな重量級のバットを疲労が溜まっている状態ではまともに振ることは出来ないだろう。投手から放たれたボールを辛うじてファールにするAKIRAだったが、タイミングを外すチェンジアップに的を絞れず、この打席ではあっさりと三振にきってしまう。
「くそ、次の打席で挽回してやる」
その後、三番バッターに起用されている石井がデットボールで塁に出た。これにより、アンドリュー・ショルダーが来日初打席に立った。
「四番ファースト、ショルダー」
190センチと100キロを超える巨体が右打席に入り、バットを構えた。とても37歳とは思えない程の威圧感を漂わせている。相手投手も圧に負けたのか、初球はシュート回転気味のストレートを放ってしまった。
それを去年までメジャーリーグで活躍していたショルダーが見逃す筈も無い。
バゴオオオオオオンンンンンン!!!
まるで、銃弾が発射されたかのような轟音を響かせながら、初球の甘いストレートをレフトスタンド上段に叩き込んだのだった。来日初打席で初ホームランという輝かしいスタートダッシュに成功させ、ダイヤモンドを一周しているショルダーは、ロッカールームでAKIRAたちと挨拶した時と同じように、クチャクチャとガムを噛んで膨らませていた。
「すごいな。これがメジャーリーガーの適応力か」
帰ってきたショルダーとハイタッチを交わしながら、AKIRAはメジャーの恐ろしさを本の一部だけ垣間見えた。
しかし、ショルダーの活躍はこれだけでは無い。まだ序章に過ぎなかったのだ。
二打席目は満塁のチャンスで打線が回ってきて、逆方方向にホームラン。三打席目は二回目の満塁のチャンスで、またもや二回目の満塁ホームランを放つと、四打席目は守護神からスリーランホームランを放ってサヨナラ勝ちを収めたのだった。
この日のショルダーは四打数四安打四ホームラン十三打点の活躍を見せて、ファンたちの期待に答えられる結果を残したのだ。
ところが、先発出場のAKIRAは九回を十失点という大炎上をおこしてしまい、肝心の打撃も振るわず、五打数五三振という散々な結果を残してしまった。この出来事に、マスコミはショルダーとAKIRAの能力が入れ替わったという冗談を交えながら報道したのだった。それでもAKIRAは完投勝利を収めているため、勝ち星を四に伸ばしていた。このように、炎上する事も多々あるのだが、AKIRAが先発している時はどうにも打線が爆発して、大量援護をしてくれるのだ。普段のワイルドダックスは全く打たないのだが、これはAKIRAの投球リズムが関係しているのだろうか。
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「ショルダー、お前凄いな」
ロッカールームで着替えをしていたショルダーにAKIRAは話し掛けた。すると、ショルダーはサングラスを外して厳つい顔をしてこちらを睨み付けてきた。
「当然の仕事をしただけだ。野球選手は常に観客の期待に答えないといけない」
「見た目とは違って、ファンの事はちゃんと考えているな」
AKIRAは感心していた。
「ファンがいなければ俺達の存在理由は無い。もしも観客が一人もいなくなれば、俺たち全員、来年からホームレスだ」
「ホームレスはちょっとばかし言い過ぎだと思うが、確かにファン元々は賛成だ。ファンがいなければ飯を食う事も出来ないしな」
「俺は同じ選手には容赦しねえが、ファンは大事にするぜ」
ショルダーは軽い警告をAKIRAに出していた。
「37歳でその野球熱か。そのモチベーションは何処から生まれる? 金は腐るほどもっているだろう。球団をクビになった時、引退は考えなかったのか?」
「モチベーションなぞ、たかが知れてる。野球を続けようとする意志さえあればモチベーションも金も気にならない。俺は生まれながらの野球人間だ。野球以外の事は一切してこなかった」
そうだと言っている。野球以外は何もしていないのだと。
「結婚は?」
「していない。試食はたまにするが」
ショルダーは、アメリカ特有のジョークを挟んできた。
「俺も野球以外は何もしてこなかった。だからお前の意見には共感できる」
「そうか。それじゃあ、もう話しは終わりだ」
そう言って、黒い背中を見せて出て行ってしまった。AKIRAはその背中を見ながら、
「何か悪い事でもしたか?」
自問自答をするのだった。
「うーす!」
そこに現れたのは石井だ。どうやら物陰に隠れて二人の会話を盗み聞きしていたらしい。
「石井先輩……何時の間に」
「話は聞かせてもらった。といっても、英語だったからちんぷんかんぷんだったけどな。熱い言葉を交わしているのは何となく察したが」
「実は、モチベーションの話しをしていた」
AKIRAがそう言うと、
「なんだそりゃ。真面目だな」
と、言い返してきた。
「いやいや、モチベーションはプロ野球でも重要だろう」
「そんなものなくても、現役は続けられるだろ。ある程度の成績残せば」
「そうか。プロはこれが当たり前なのか」
そう、野球を続けるためのモチベーションを深く考える必要性はなく、過去に成績と実績を残していれば、簡単に続けられるのだった。