076 野球人としての思考
光太朗の守備を向上させるために自らの練習時間を削ってまで代理コーチとしての役割を果たした。その結果、光太朗の守備は劇的に改善し今までの中学生なみの守備力から高校生レベルまで跳ね上がった。それでもプロのレベルには到底及ばないので、些細なミスを連発している。だが、明らかに守備が見れるようになってはいるので一応、AKIRAが提案した練習方法は成功したと言っても過言ではない。
何を隠そう、AKIRA自身も件のフリスビー練習方法を取り入れて球界で1、2を争う守備範囲を手に入れた。捕球技術も天下一品で、肩に至っては言うまでもない。どんなにスランプに陥っても守備力が落ちることはないので、首脳陣からは『守備だけで年俸1億の価値がある』とまで言われている。それでいて、彼から無意識に放たれているスター性も相まって本来ならば打撃はそこまで期待されていなかった。
確かに高校野球で80本もホームランを打っているのは魅力的だが、この高校通算本塁打というのは中々にして当てにならない。金属バットで生み出した記録など何の意味も無く、参考記録でしかない。だが、AKIRAには既にプロでも一流の外野守備力を誇っていたので、本来は神野光太朗の守備交代として使われる筈だった。
ところが事態は予想外の形で好転した。オープン戦で打率、本塁打、打点、盗塁の四冠王を達成した事でAKIRAは急遽開幕戦でスタメン出場する事となった。
そして。
前人未到の開幕戦サイクルヒットを達成したAKIRAは全国的に取り上げられ、スターへの階段を登った。当初は一発屋だと非難する声も多かったが、去年の最終成績を見ることで、その声も次第に止まっていた。
このように、本来のAKIRAは守備の人として獲得されたが予想以上に打つので、いつの間にか世間一般や首脳陣からも『100年に1人の和製大砲』として取り上げられるようになった。それに投げては170キロのフォーシームを放つため、投手としての才能も捨てきれないと野球評論家からも話題騒然となっている。
だがだ。AKIRAが何よりも得意としているのは打撃でも投手でなく、守備なのだ。100メートルを9秒台で走る守備範囲と、神々しい捕球技術、そして最速170キロのバズーカ砲を引っさげたAKIRAに右に出るものはいない。少なくとも日本プロ野球ではトップの外野守備を誇っており、メジャーでは、あの生きる伝説、鬼崎喜三郎とも互角に張り合えるとまで言われている。
そんなAKIRAには指導者としての才能も兼ね備えており、既にAKIRAの手によって技術向上した選手が2人もいる。1人は去年、規定打席未到達ながらも200本安打を放った山室、もう1人は言わずもがなだが。
このように次々と選手の力量を大幅にアップさせていると監督兼オーナーのワーグナーも黙ってはいられない。引退後はコーチとして採用するとまで言われた程だ。これは、まだ19歳という年齢で将来を約束されたという事でもある。それに監督としての候補としても視野に入れているというのだから、AKIRAとしては余計な事を言ってくれたという気持ちでいっぱいになる。
今更だがAKIRAはプレッシャーに滅法弱い。試合前には好きなアイドルグループの音楽を聞いて精神統一をするぐらい、精神的にも不安定だ。毎晩毎晩不安に駆られ、眠れない日々を送る事もしょっちゅうである。将来を約束されたスーパースターが何を悩むのかと言われれば、それはやはり世間からの目。
『もしも明日から1本もヒットが打てなくなったらどうしよう』
というありもしない事をどうしても考えてしまい、心の中で葛藤する。以前、真の敵とは自身に巣食う慢心だとAKIRAは言っていたが、その意見が今後変わる事はないだろう。
こんなにも精神的に弱い自分が、ちょっとホームランを打っただけで世間から注目されているというギャップがたまらなく心を痛ませる。
昔はこうじゃなかった。高校の練習試合でホームランを放つだけで湧き上がるような衝動に駆られ、その夜は興奮して眠れなかったものだ。しかし、今は違う。確かにホームランを打った瞬間はたまらなく嬉しいが、その後に訪れるのは謎の疎外感だ。
その疎外感から唯一逃れられるのが守備だ。センターの守備位置につくと、まるで少年のようになった気分で心の底から楽しいと感じられる。なぜなら守備で失敗する事はないからだ。
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どんなに技術的に優れていても打撃では7割近くの失敗がある。AKIRAは凡打を打つ度に悔しくて悔しくて拳が震える。このように完璧主義のAKIRAは野球を一番苦手なスポーツだと捉えていた。他のスポーツならば成功してなんぼと言われているが、野球に関していえばそこそこ失敗してもいいという風潮が付きまとっている。このネガティブな発想がAKIRAはたまらなく嫌いだった。
失敗して当たり前だからこそ、いざ成功しようものならば慢心が生まれる。この慢心というのが厄介で心を蝕む原因となり、選手をスランプ地獄に叩き落とす要因ともなる。
特に心の弱いAKIRAはこのスランプという状態が定期的に訪れる。その度に試行錯誤をして騙し騙し野球を続けていると言っても過言ではない。
そして、AKIRAはどんな時でもポジティブな事を言葉にする。人々はそれを『英雄から放たれた言葉だ』と認識してやまないが実際はそうじゃない。ネガティブな自分を抑え込むために、ポジティブな言葉を呟いているだけだ。
プライベートのAKIRAは陽気で明るく誰にでも笑顔を振りまく存在だが、野球人としてのAKIRAはそうじゃない。常に心変わりしそうな自分と闘っていて、笑顔を見せる余裕すらないのだ。見えないところで、二の心を持たない様に必死に耐えている。
好きな事を仕事にするのが、こんなにも大変だとはAKIRA自身も想像していなかった。
これではまるで、日々のデスクワークで胃を痛める会社員のようだ。
だが、そうだと言ってもAKIRAはなんやかんやで好成績を残している。それは球場に入る前に色々と悩み苦しむ自分と、球場に入ってからは何も考えず、無我夢中で練習に明け暮れる自分との反動で生まれる結果なのかもしれない。
考え方は人によって違うが、今のAKIRAは『悩む事が進歩への近道ではなかろうか』とひそかに思っているのだった。




