073 AKIRA理論
ありとあらゆる書物を読み漁り、メンタル術を勉強中のAKIRAには多少なりとも精神を安定させる術を持っていた。それが光太朗に通用するかどうか定かではないが、彼本来が持っているポテンシャルを蘇らせるにはメンタルをどうにかしない事には始まらない。彼はシーズンでフル活動すれば20本のホームランを軽く打てる筈だ。もしかすると、それ以上打てるかもしれない。そんな逸材を放っておく事はAKIRAには出来なかった。
少しでもスターを増やして、自分ばかりが着目される球団のままではいけないと心得ている。光太朗を治す、これは本来監督やコーチの仕事なのだが、どうにも光太朗は練習嫌いを完全に克服した訳ではないようだ。AKIRAという認めた存在がいれば練習をしているが、AKIRAという目が無くなると、とたんにやる気がなくなってしまうとの情報を監督から耳にした。よって、唯一本当の意味で心を許しているAKIRAに白羽の矢が立ったという事になる。
決して首脳陣が腑抜けという事ではない。光太朗という素材があまりにも高級過ぎて彼らには扱え切れないのだ。高級素材は高級素材同士で語り合うのが一番だと、監督からも聞かされている。だがAKIRA自身は自分の事を高級素材などと言われるのは違和感を感じざる終えないのだが。
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「AKIRAはまだ19歳なのにメンタルを気にしているのか」
「逆に聞くが、光太朗先輩は今年で32歳なのにメンタルの事を今まで重要視していないようだな。その日の精神状態よって体の動きが全く違うだろうに」
人間ならば誰しもが疑問に思うはずだ。何故、今日は思うように体が動かないのだと。それには必ず原因が存在する。その原因の一つとして数えられるのが自分の精神状態だ。たとえば、昨日夜更かしをして寝不足な時は精神が不安定な状態になるので、どうしてもミスが連発する。光太朗にその気がないか、AKIRAは聞きだそうとしていた。
「今までメンタルを気にした事は無かった」
「何故だ?」
「スランプになった事が無いからだ」
溜め息を吐きながら、光太朗は頭を抱え込んでいた。
「もしかして、眠れない日々が続いているのか?」
「ああ。明日もヒットが打てないかもしれないと不安に駆られる」
不安は誰しもある。普段は心の奥底にしまい込んでいるが、こういったスランプに陥ることで不安が心の扉を開けて、脳内に侵入してくる。そうなってしまうと中々スランプから抜け出す事が難しくなる。AKIRAはそれを何度も経験しているので、光太朗の気持ちは良く分かっていた。
「分かる。俺も不安との闘いは続いている」
「だが、今のお前はスランプの反対、絶好調だろう」
依然としてAKIRAは4割の打率をキープしている。低反発球の時代でこれは有り得ない事のように思えるが、実際にAKIRAはこの成績を叩きだしている。何故、ここまで絶好調なのに不安を感じるのか、光太朗は聞きたくて聞きたくてウズウズしているように思える。
「絶好調の時こそ自分を疑う必要がある。それにこの状態が長く続くなんて保障はどこにもない」
「そうか……どうやらお前は俺の一歩先を走っているようだな」
「とんでもない。皆似たような感じでやってる筈だ」
AKIRAは常に成長するための方法を模索し続けている。それが絶好調時だろうが絶不調時だろうが関係ない。考えて考えて、なんとか導き出した答えをシーズン中に使っている。では、それがどんな答えなのか。光太朗に役立つのかは分からないが、話す必要はあった。
「スランプを抜け出す秘訣を是非とも教えて欲しいものだ」
光太朗は真剣な眼差しで問うてきた。
「野球はスポーツの中で最も難しいスポーツだと個人的に思う。何故なら、野球は失敗する事が当たり前だからと、そこに慢心が生まれる。失敗して当たり前だからと思い込み、無意識の内に自分が本来持っているポテンシャルをセーブしてしまうんだ」
AKIRAはコップの水を飲みながら、そう熱弁した。だが、目の前に座っている男は口をポカンと開けて変な顔をしているではないか。
「ちょっと待ってくれ。俺のぱーちくりんの頭では難解過ぎるぞ」
今度は違う意味で頭を抱えているのだ。
「まあ要するに、思い込みの力が働き過ぎていると思う。特にスランプの時は」
「思い込みの力だと?」
「基本的に、スランプは自分の理想と離れている時に起こる。自分はモット凄い力を持っていると思い込む事によって引き起こされるんだ」
「成程、それで?」
「失敗を当たり前だと思わず、敢えて自分から失敗する事がスランプから抜け出す方法かもしれない」
「なんじゃそりゃ!? 失敗する事がスランプ脱出の鍵だって!?」
さすがの光太朗も口から破壊光線を出さんばかりの勢いで吠えている。AKIRAの言っている事を理解できていないようにしか思えない。
「そう。自分から失敗を求めればいい」
「まあ……考えようによってはスランプ脱出かもしれんな」
「騙されたと思って試してみろ。好調の兆しが見えるようになる」
「そ、そうなのか?」
「偶発的に起こった失敗と自発的に起こした失敗は違う。成長する過程で起こした自発的な失敗は、自分を見つめ直す事にも繋がると思うのだが」
「そうか。よく分からんがやってみるよ」
光太朗は何処か腑に落ちない顔をしていたが、注文の品が届いた時には嘘のように晴れやかな顔になってがっついていたのだった。どこまでも分かりやすい男である。




