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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
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072  心を癒す存在


 AKIRAは野球選手としてまだまだ未熟であると自覚していた。だが、世間一般の人はそう思っていない。久しぶりに高卒の和製大砲が出てきた事で、野球界は盛り上がりを見せ、ある種の信仰的な部分を何度も垣間見た。AKIRAという人物が生みだした利益は凄まじい程で、噂では10億の年俸でも釣りが出ると言われるぐらいにだ。と言っても、AKIRAは自分の事を過大評価し過ぎだと捉えていた。自分の弱点は自分が良く知っているため、とてもじゃないが世間が求めているAKIRAという存在にはかけ離れてしまっている。AKIRAの中では、まだ自分は渡辺明であり、AKIRAではない。そのギャップとの闘いに強いられていた。


 野球は心技体のスポーツと言われているが、AKIRAはこの三つの中で『心』の練習を最も苦手としている。心は不確定要素の高いもので、どうしても環境や人々の見る目で惑わされる。どうやって最高のポテンシャルを遺憾なく発揮できるのか。それをAKIRAは中学生の時からずっと考えていた。中学校といえば、この当時からAKIRAの体格はずば抜けていて、身長が191センチ、体重100キログラムとアスリートの体形に仕上がっていた。中学二年で世界陸上の選手に選ばれ、外国人選手と闘った。その結果、AKIRAは銅メダルを獲得して脚光を浴びる存在になった。


 そう、己との闘いはここから始まったと言っても過言ではない。中学生の時から既に他の人達と闘うべき目標がまるで違っていた。クラスメートは必死に練習して他者と争う事に焦点を置いていたがAKIRAはそうじゃないのだ。常に自分を疑い、最高のポテンシャルを引き出すためのメンタルトレーニングを欠かさずこなす。AKIRAにとってもっとも屈辱的な事は後退する事なので、ひたすら前に向こうと努力した結果でもある。


 だが。


 人間は完璧じゃない。進化の過程にはどうしても退化がついてくる。この退化というスランプをどう乗り越えるか、今のAKIRAはそこに着目点を置いていた。




****************




 バンザイ落球事件から、神野光太朗じんのこうたろうはスランプに陥っていた。交流戦が始まって、もう一週間は経つが彼のバットから快音は響かない。いつもなら銃声のような激しい音を立ててフルスイングでかっ飛ばす光太朗の身に何が起きたのか。やはりそれは人からの目だろう。プロ野球選手として『バンザイで落球する』という恥ずべき行為は滅多にできない。それ故に今の光太朗は多数のメディアから取り上げられて、全国規模で失笑されているのだ。スランプの原因は間違いなくそこにある。


 そう思ったAKIRAは光太朗を呼び出して、近くのお好み焼き屋さんに出向いた。ここは野球選手も良く通うお好み焼き屋さんとして知られ、常連客が多い。そのため野球選手に見慣れているのか、ほとんど声をかけてこないのだ。ここでならば落ち着いて食事が出来ると、AKIRAは考えていた。


「さて、何にしようか」


 AKIRAと光太朗は二人席に座った。そして目論み通り、人々はこちらを見るだけで話し掛けてはこない。ほんの挨拶程度なのだ。これならば集中して会話を進める事が出来る。


「そうだな……俺はシーフードのお好み焼きにするぞ」


「よし。だったら俺もそれで」


 こうして、二人は店員を呼び出してシーフードのお好み焼きを二つ注文した。注文した品が来るまではどうしても暇な時間となるので、社会人はこの飽き時間を使って後輩なら同僚なりとコミュニケーションを図る。それはプロ野球選手も同様で、いざコミュニケーションをするのだった。


「俺のすっかり丸くなったもんだ。他人からの誘いなんて全部お断りだったが、お前と知り合ったせいで仲間とつるむようになった」


 最初に口を開いたのは光太朗だった。


「それはいい兆候じゃないか」


「どうだろうな。ま、意外と悪くはないが」


 光太朗は一人が好きというよりも、他人と関わるのが苦手のタイプのようだ。まさにAKIRAと正反対の気質と言えよう。ご存じの通りAKIRAは精神的に弱い部分がある。どうやって精神を落ち着かせるかと考えた時に、人と話す事が精神を落ち着かせると最終的に判断した。だからAKIRAは誰とでも会話しようとする。それが一番心が癒されるからだ。


「心が痛んだ時、それを癒してくれるのは他人だ。自分の力ではどうしようも出来ない場合だってある」


 AKIRAは19歳という若さで、その域に達していた。自分一人が頑張っても心は決して癒されないのだと。他者という存在に触れて、初めて人は本当に心が落ち着く。特に戦いの地に身を置く会社員、スポーツ選手などは常にギリギリの所で闘っているから余計にそう感じてしまうのだろう。


「心か……俺の心は絶賛ボキボキ中だぞ」


 心が骨折してしまったというのだ。


「それは例の落球事件のせいか?」


「そうだな。思えばあの日から思うように体が動かなくなった。打席に入るときでも、守備位置に就く時でも、常にあの記憶がフラッシュバックしてしまう」


 光太朗は溜め息を吐いていた。よっぽどトラウマになってしまったようだ。


「その気持ち、よく分かるな」


 光太朗の話しを最後まで聞くと、両腕を組んで、ウンウンと頷いた。


「ウルトラ完璧超人のお前に気持ちがわかるだと?」


「人は俺の事をそう呼ぶが、俺はそうとは思わない。人間必ずしも弱点が存在するし、勿論俺にも弱点はある。その弱点が光太朗先輩と似ているんだ」


 AKIRAはそうだと言うのだった。



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