070 真の敵とは
AKIRAこそが阪海で最もパワーのある選手だと言う事は既に判明済みだが、二番目にパワーを持っているのが誰かというのは疑問点が湧く。高卒一年目の知念はライナー性の当たりで逆方向にホームランを打つパワーを備えているが、神野光太朗も負けてはいない。彼は知念よりもホームランの数は劣っている。しかし、飛距離で言えばチームで二番目にかっ飛ばす。
このようなパワー議論が出るほど、今年の阪海はクリーンナップが充実している。結果論だが、知念を強行指名した監督の手腕が的中していて、現時点で阪海は首位と1.5ゲーム差で2位の位置に座している。これは今までの阪海暗黒時代を考えると有り得ない事のように思えるが、実際に起こっていた。ファンも信じられないといった様子で「今年の阪海は何かが違う」と口々に呟いてる。
何がここまで阪海を強くしたのか。それは先程も触れたパワーヒッターの出現にあるが、もう一つは先発陣が充実してきたことだ。オフシーズンにFA宣言をしたボンバーズの真田を獲得した。この真田というピッチャーは最速148キロのフォーシームを投げるのだが、決め球を持っていないのでイマイチエースという器ではない。と言っても、年間10勝を達成する平凡なピッチャーである事は間違いないので、先発不足だった阪海は彼を獲得した。それに、安かったというのもある。
そして、GMが獲得した外国人先発投手のウィングが想像以上の活躍をしていた。彼はメジャー時代162キロのフォーシームを投げていたのだが、ストレートの起動が悪くノーコンなのが原因なのか敗戦処理という仕事をしていた。そんな彼を独自のパイプを使って獲得した加藤GMの手腕が遺憾なく発揮されたのだ。
シュート。
この変化球を春のキャンプで覚えただけなのだが、それ以降見る見る内に才能が開花していき、今では防御率.1.74というハイスコアを叩きだしている速球派左腕となったのだ。
まさに今年は当たり年。オフシーズンで獲得した選手たちが面白いように活躍してファンも球団関係者もウハウハ状態なのだ。長年、新人選手もおらず年をとったベテランだけで負け試合を重ねる球団が、何時の間にか優良な選手に溢れた球団へと変貌したのだ。それもこれもワーグナー監督がAKIRAという逸材を引き当ててから幸運が舞い込んでいる。もしかすると、AKIRAは無意識的に幸運を呼ぶ体質なのかもしれない。
チームも最高の空気で、あの知念ですらバスの中でホカホカ顔になって鼻歌を始めるぐらいである。今回は静岡県の地方球場に遠征に行く予定なのだが、チームは絶対に勝てるという雰囲気を醸し出していた。まあ、実際に絶対に勝てるという保証はないがそれぐらい自身に満ち溢れているのだった。
「昨日も玉井の勝ち越しヒットで勝てたし、今日も波に乗れそうだな」
光太朗が自信満々な様子で鼻息を荒くしていた。
「おいおい、気を抜いたら危ないぞ。こういう時こそ日々の自分を思い出すんだ」
だが、AKIRAはこの浮かれた状況こそ危険なのだと訴えていた。余裕な態度が慢心を生み、些細なミスをしてしまう要因になるのだと。だが、光太朗はそれでも笑い飛ばして歯茎を剥き出しにして笑っているではないか。どこまでも自信家な奴だ。
「大丈夫だって。今の俺達を止められる奴はいないさ」
「果たしてそう言い切れるのか。甚だ疑問だぞ」
これほどまでに完璧超人に見えるAKIRAだが、内心は臆病そのものだ。プレッシャーに弱く、精神面でも落ち込みやすい。だからこそ自分の言葉で自分を励ましている事が多い。だが、人々はそれを完全無欠のスーパーヒーローの言葉だと胸にしまい込んでしまう。だから、AKIRA自身も他者から見られた自分と本当の自分とのギャップの差が激し過ぎて、自分を見失いそうになるのだ。
「なんだ……随分と弱気じゃねえか。天下のAKIRA様がよ」
「敵を侮るなと言いたいだけだ」
「そもそも、今のお前に敵がいるのか? 俺にはいないように思えるが」
光太朗の言う通りだ。今のAKIRAにはどんな投球術をしてこようが、決して抑えられない。ラ・リーグのキャッチャー、監督、コーチの全員が血眼になってAKIRAの弱点を調べ上げ、なんとか4割の打率に止めているのだ。
「いるさ。相応の敵が」
「それは誰だ。名前を言ってみろ」
「己の精神だ。敵は自分の中にいる」
そう、言い切った。
「……AKIRAらしいな」
光太朗はそう言うと、窓の景色を眺め始めた。AKIRAの言葉が響いたのか、それは定かではないがとにかく黙ったのだ。
「凄いッス。さすがAKIRA様でさあ」
するとだ。前の席にいる玉井が顔を出して来た。あまりにも突然だったので、AKIRA自身も驚きを隠せない。
「突然どうした」
「オイラ、AKIRA様の言葉に感動しました。さすが阪海……いや、日本のスーパースターッスね!」
このように、AKIRAは誤解されるのだった。自分はスターの器じゃないという事をひしひしと感じるのに、他人は自分の事をスターだと言う。このギャップがAKIRAにはたまらなく胃を痛くしていた。




