007 助っ人外国人
AKIRAの猛攻は止まらなかった。6月18日の現時点を持って打率は.265、ホームランは15本打っている。それだけではなく盗塁数は両リーグトップの37盗塁。塁に出れば確実に盗塁を成功させている。盗塁成功率も91パーセントとずば抜けた精度を誇っている。1番バッターとしては少々打率が低いように思えるが、それでも阪海ワイルドダックスではトップの打率だ。積極的に打ち、四球が少ないため出塁率は.298と低めだが、それでもリードオフマンとしての素質は兼ね備えていた。しかも、このところのAKIRAは投手としての出番も多く、野手と投手の二刀流に挑戦していた。先発として登板した翌日にも野手として試合に出場し、疲労がたまっても決して壊れない鋼の肉体もAKIRAの特徴だった。
こうして、AKIRAは現在まで全試合に出場している。これは高卒ルーキーでは考えられない事だった。もしも阪海ワイルドダックス以外のチームに入団していれば、二軍スタートも考えられただろう。ある意味、AKIRAが弱小チームに入団したのは成功だったと言うべきだ。プロで通用するだけの打法を持ち、一級品のスピードボールを兼ね備えた球界の宝が発掘された事はワーグナー監督を褒められる唯一の点だ。
それだけ、ワーグナー監督の成績は落ち込んでいた。鉄砲肩は健在だが守備範囲が明らかに狭すぎる。体を上下左右に倒したとこだけが彼の守備範囲であり、消極的な守備が目立ち、マスコミやファンからは怠慢守備とコケ降ろされ、ワーグナーが遊撃手として守る事は無くなった。これにより、遊撃手よりかは比較的簡単な一塁手を任されたり、ボールが飛んでくる機会が少ない三塁手を守っている。それでもトンネルや送球ミスなどの小さなエラーを積み重ね、現時点で12個のエラーを記録していた。しかし、45歳の年寄監督を起用しないといけない程、阪海のチーム状態は悪かった。
「監督」
この状態に危機感を感じたAKIRAは監督室に自ら出向いた。無論、ノックを三回してから入った。
「なんだ。球界の宝か」
監督はゴホゴホと咳き込みながらAKIRAの対応に応じた。
「新外国人を獲得すべきです」
「言われなくても分かっているさ。既に調査中だ」
「なんだ。そうだったのか」
「メジャー通算350ホーマーのアンドリュー・ショルダーに目を付けている。彼は37歳という高齢だが、それでも日本の野球に適応できるだけの技術を持った男だ」
覆面から厳格な目を見せながら喋っていた。
「アンドリュー・ショルダー……初耳だな」
「君はメジャーリーグの試合を見ていないのか」
「中学時代や高校時代は野球漬けの日々だったからな。メジャーリーグの試合を見る時間は無かった」
そう、AKIRAは言うのだった。
「メジャーよりレベルの高い野球リーグが有れば紹介して欲しい。そう思うぐらいメジャーの野球は日々進歩している。君が見た事も体験した事もないボールが飛び交い、そんなボールをいとも簡単にバックスクリーンに叩き返す連中がゴロゴロいる」
「……それは凄いな」
素直に感心していた。今までメジャーリーグの存在は知っていたが、てっきり日本の野球が最高レベルだと勘違いしていたからだ。
「そんなメジャーで300本もホームランを打った男だ。信用できる」
と、ワーグナーは言うのだ。
「で、ショルダーは現在どれぐらい打っているんだ?」
「……無所属だ。何処のチームにも属していない」
「!?」
「だからこそ声を掛ければ入団してくれるだろう」
「そんな男で大丈夫なのか?」
「確かに全盛期と比べると遥かに衰えている。それでも奴は今の我がチームなら中軸を任せられる程のパワーを持っている筈だ」
「そうか。分かった」
「来日を楽しみにしてくれ」
「ああ」
三日後だ。AKIRAの耳にニュースが飛び込んできた。発端は居酒屋のおっさんのテンションを常時保っている石井が、スポーツ新聞を読みながら叫び倒していた事だった。
「見てみろ。うちのチームに新外国人が来るぞ!」
AKIRAは新聞を覗いた。すると、確かに一面にはメジャー通算350ホーマーのアンドリュー・ショルダーの来日画像がデカデカと載っていたのだ。サングラスをかけて、まるでスラム街からやってきたような出で立ちをしている。
「全身にタトゥーを入れてるらしいぜ」
「おいおい。そんな奴なのか」
さすがのAKIRAも警戒を隠せないでいた。
「おう、全身揃っているな」
ロッカールームに現れたのは監督と例の新外国人だった。どうやら初日の挨拶をするようだが、ショルダーの目つきの悪さに空間が凍りついた。耳にはピアスを付けて、両手にはヘビのタトゥーを入れていた。身長も高く、まるで、マフィアそのものなのだ。
「監督……もしかしてソイツが?」
石井が恐る恐る切り出すと、監督はコクリと頷いていた。
「そうだ。君達もご存じだと思うが、我が球団に二年ぶりの助っ人外国人を入団させた。その名もアンドリュー・ショルダー。彼はメジャー通算350ホーマーの大砲だ。是非ともよろしく頼む」
すると、ショルダーはガムをクチャクチャと食べながら風船を膨らませた。なんという不躾な態度だろうか。
「俺の実力は試合で見せる。見た目で何でも決めつけるなよ」
ショルダーは自分の外見が強面であることを自負しているらしい。英語で喋っているのだが、AKIRAは聞き取っていた。そして、英語が分からないチームメイトに通訳して言ったのだ。
「お前……英語喋れるのか?」
石井が驚いた様子で語りかけてきた。
「小学校までアメリカに住んでいたからな。大体分かる」
「そういうことだ。精々楽しみにしてくれや」
そう言い残すと、ショルダーは扉を閉めてロッカールームから出て行ったのだった。
「ああいう奴なんだ。悪気はないから許してやってくれ」
監督がフォローをしていた。
「なんで今の今まで誰も獲得していなかったのか、分かった気がする」
AKIRAは何となく察していた。
「メジャーでは暴れん坊だったからな」
「そんな奴がチームに入団して大丈夫なのか?」
「大丈夫だ」
ワーグナーは謎の確信をしていたのだった。