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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
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069  読み打ち


 それからというもの、玉井はAKIRAの傍で聞き耳を立て、彼の一言一言にメモをしていた。「あの投手は首を横に振ると、スライダーを投げる傾向が高くなる」とか「あのキャッチャーは追い込まれた時に外角低めを要求する確率が高い」など、自分が発見した投手や捕手の癖を、玉井に教えてあげているのだ。それを玉井は「ほうほう……良いことを聞きました」と言って、必死にメモをしている。


 やはり捕手だけあって努力家だ。捕手というのは才能以上に努力が必要なポジションの一つだと言われていて、彼も言わないだけで血をにじむ努力をしてきた筈だ。どうやら、この程度の勉強ならば屁でもないらしく、既にAKIRAが以前渡したノートよりも事細かく整理して情報がびっしりと書かれていた。ハッキリ言って、自分のメモ帳よりも綺麗なので、玉井の整理力を羨ましくなったのは内緒だ。


「いいか。必ずバッターには打ち方ってものがある。どんなに意識していなくても、自分はどうやってボールを打っているのか、客観的に見ればすぐに分かる」


 AKIRAはビデオを用意して、玉井のバッティングをモニターチェックしていた。玉井は今時珍しい一本足打法を取り入れている。フォーム自体は完璧と言っていい程仕上げられていて、石井打撃コーチの有能さを感じられる。だが、やはりこの男は何も考えずに振っているのが丸わかりだ。ストレートの軌道で落ちるフォークにクルクルと回ったり、スライダーをひっかけてゴロを打っている。これは全て相手捕手のリードにしてやられた凡打だ。それを玉井は捕手というポジションなのに気が付いていない。


「うーん。AKIRA様の言った通り、読み打ちが出来ていませんね」


「ビデオを見ている限り、玉井先輩はヤマを張るタイプのようだ。だからストレートだと思った球に空振りしている」


 AKIRAの観察眼は鋭い。


「確かに言われてみればそうかもしれないッス」


「ヤマを張るのは決して悪いことじゃない。だが、せっかくヤマを張るんだったらデータに基づいた信憑性の高いヤマを張った方がいいじゃないか?」


 それがAKIRAの導き出した答えだった。玉井がそういうバッティングスタイルであるからこそ、実戦で使えるデータを元にした読み打ちをしてみろと言うのだ。


「なんか……勉強してるみたいで、偉くなった気分です」


「日々勉強だ。一般の社会人でも覚えることはたくさんあるが、俺達だってそうだ。頭の中に入れた正確な知識は絶対に嘘をつかないぞ」


「ありがとうございます。参考になったッス!」


「今覚えた事を次の打席で実戦してみたらどうだ」


 AKIRAはポータブルDVDプレイヤーをしまって、空いている椅子の上にポンと置いた。そして、ふと後ろを振り返ると選手達がメモ帳を持ってAKIRAの言う事を目もしていたのだ。どうやら生徒は玉井だけではないらしい。AKIRAと同世代程度のベンチメンバーが興味津々な様子で聞いていたのだ。これにはAKIRAも驚きを隠せない。


「さすがAKIRAだ。まったく、スーパースターは言う事が違うぜ」


「先輩にアドバイスをするなんて常人じゃ真似できねえよ。余計な事を言って怒られると思ったら声に出すこともできない」


「その話術を俺達にも分けてくれよ」


 と、若手のベンチメンバーが口を揃えて言っていた。


「話術か。ガキの頃、アメリカに住んでたからそれが影響しているのかも知れない」


 するとここで、6番の光太朗が痛烈な音と共に、打球をライト前に叩き返していた。これでノーアウト一塁になり、次の7番田中に打席が回る。


「ネクストバッター行ってきます!」


 玉井は元気な声を出して、駆けて行った。まるで少年のように無邪気だが、AKIRAより4つ以上も年上なのだ。AKIRAの親父顔と玉井の童顔が相まって、到底年上には思えない。


「お」


 すると、田中は初球をバントして一、二塁線の絶妙な箇所に転がした。もはや芸術的な送りバントにAKIRAも惚れ惚れとしていた。


「ナイスバント」


 帰ってきた田中にエールを送る。これが一度戦力外になった男とは思えない。それほどの技術を開花させた当時のコーチには頭が上がらない。


「これでワンアウト二塁だな。次のバッターは玉井か」


 何故か、浮かない顔をしていた。


「どうした。俺の葬儀の参列してるような顔になってるぞ」


「いや……最近玉井のバッティングがな」


 この試合を含めて33タコを続けている。阪海ファンがいるスタンドからも玉井が右打席に入る度に罵声や脅しの声が溢れるようになった。それはもう放送禁止用語の類ばかりなのだ。


「今日は打つさ。きっとな」


「この野次の中で打てるかどうか」


 だが、今日の玉井は一味違っていた。いつものように本能だけで打つのではなく、ちゃんとしたデータに基づいて打っているので、フォークボールやスライダーに引っかかる事なくボールをちゃんと見ているのだ。これだけでも大した進歩なのだが、フルカウントとになってからファールで粘るという理想的なバッティングをしているのだ。


 そのおかげか、相手の中続き投手は肩で息をしている。この状態になるとコントロールが定まらず自滅するケースが確率的にある。しかし、相手は気合の投球を見せてフォークボールをストライクゾーンめがけて投げ込んできた。


「危ない!」


 田中は避けんだ。玉井は四球を選ぶタイプだと知っているので、見逃し三振をする事を予想したのだろう。




 しかし。




 玉井はスイングをした。しかも狙っていたかのように美しくバットが出て、落ちるボールに対応したのだ。まもなく、バットとボールの衝突音がしたと思うと、ボールは左中間の深いところまで飛んでいった。


 二塁走者の光太朗は無我夢中で走り、余裕のタイミングでホームへと帰還。玉井のタイムリーツーベースヒットにて、見事終盤での勝ち越しを成功させたのだ。


 ふと、隣を見てみると田中は信じられないといった表情を浮かべているではないか。


「あの玉井がヒットを打っただと?」


「だから言っただろう。今日の玉井は違うって」


 その瞬間、AKIRAは誇らしく笑ったのだった。




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