067 投手心理
石井はプレイヤーとしてだけではなく、一軍打撃コーチの兼任もしていた。AKIRAをここまで成長させたのは石井のおかげであり、まさしく影の功労者と言っても過言ではない。そして、彼が育てたのは何もAKIRAだけではない。ツネーズを戦力外にされて、自由契約で獲得した玉井という選手もまたそうである。
ツネーズでは一軍経験こそあるもの、まったくヒットが打てずに2軍落ち。捕手としての才能は抜きんでているが、ここ一番のバッティングは散々なものだった。そこで石井はコーチとして打撃技術を教えるのではなく、プロ野球の大先輩として自分のバッティング感覚を教えたのだ。
所謂、打撃コーチは教える事は皆似たようなものだ。どの球団の打撃コーチも同じ事を言うので、今更コーチとして教える事など何一つない。元々、玉井はツネーズの看板キャッチャーとなるべくしてドラフトにかかったので、相当な教育を受けている筈だ。にもかかわらず、才能が開花しなかったのは精神的な問題があると導き出した石井は、玉井にたいして投手心理の勉強をさせた。
投手は色々な事を考えてマウンドに立っていると。たとえば「真ん中の直球を何故見送ったのか」「変化球狙いなのか」「俺の決め球を待っているのか」など、投手は常に頭を回転させている。これは捕手も同じで、何百通りの疑問を感じているのだ。しかし、玉井はキャッチャーとしての才能が有り過ぎて、この疑問を無意識的に感じている様だ。だからこそ、『読み打ち』という事が出来ずに、ただがむしゃらに来た球を打とうとしているのだと石井はひらめいた。
ここで投手心理という言葉が再度登場する。せっかくキャッチャーとして素晴らしい才能を持っているので、それを打撃に生かしたらどうだと、石井は提案した。自分がキャッチャーの時、この投手をどうやってリードするか頭の中で想像してみろと。
しかし、それには敵の投手情報を完全に理解しなければいけない。球種は勿論の事だが、相手投手の癖を発見して、それを打撃に利用せよ。それが最初に指導した内容である。
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石井は軍団の二人を連れて焼肉屋に行っていた。軍団の二人というのはAKIRAと玉井の事だ。玉井はすっかりAKIRAを崇拝しており、まるでファンの一人のようにキラキラと目を輝かせてAKIRAを尊敬の眼差しで見つめている。
「何をしてもカッコいいっすね」
AKIRAは水を飲んだだけなのだが、その所作ですら玉井の胸をわしづかみにするポイントだったようだ。
「そんな事はない。言い過ぎだぞ」
「オイラはその点、何をやっても駄目駄目な落ちこぼれ野郎でさあ」
今日、玉井の打撃結果は5打数ノーヒット。打率も.196まで低迷していて、ホームランなど1本も打ってはいない。それに対して、AKIRAは5月上旬の時点で14本も打っている。しかも打率は4割を超えているので、玉井が尊敬の眼差しで見るのも無理はない。
「せっかくだ。AKIRAから技を吸収すればいいじゃないか」
「それが出来ればやってますって」
次元が違い過ぎるという事なのだろうか、AKIRAが何故こうもホームランを量産して打率も好調なのかが分からないようである。
「俺的に、やっぱり自分に合う練習方法を見つけるのがベストだと思うな」
「そうですか。オイラにあった練習方法か」
顎に手を当てて「うーんうーん」と考え込んでいた。
「中々見つけられるものじゃないぞ。こればっかりは」
相当な練習量がいるのは勿論、練習に前向きな姿勢も必要だ。特に阪海は熱狂的なファンが大勢いて、選手はどうしても勘違いしてしまう。彼らが活躍できない選手を食事や遊びの場に連れて行き、練習よりも遥かに楽しい事を体験させるのだ。ファンに悪気はないのだが、それでも芯の無い若者は遊びに夢中になり練習を疎かにしてしまう。
そのため、いくら素質があっても練習をほったらかしにして戦力外になった選手は大勢いる。そうしないためにも前向きな練習姿勢が非常に大事なのだ。
「野球選手である以上、毎日が練習だ。どんなに辛い事があっても元気な顔をして練習場に行くのがプロだし。その気持ちさえあればきっと玉井君も活躍できるさ」
石井なりの言葉だった。
「そうっすね。確かに遊んでいられないっす」
「にしても、打撃はかなり成長した部類じゃないか?」
AKIRAは石井に問うた。この場合は選手石井ではなく、コーチ石井にだ。
「そうだな。低反発球のご時世だから、これだけ打てる捕手もそういない」
「でも、オイラはもっと打ちたいんです! いずれはAKIRAさんのように」
「AKIRAは特別だぞ。皆が皆、彼のようにプレー出来る訳ではない。組織には必ず役割が存在する。お前はお前の役割に徹した方がいい」
「オイラの役割ですか」
「きっと見つかるさ」
石井はそうだと言うのだった。
「AKIRAは積極的に打って四球は少ない。だが、お前はそうじゃないだろう。追い込まれて四球を選んだシーンを俺は何度もみた」
「そうなんっすよ。AKIRAさんみたいに初球から打ちにいく度胸なんて無いっす」
「それでいいんだ。選球眼を磨いて四球を選ぶバッティングスタイルもありだと思う」




