066 野球選手の服装とは
しかし、石井の人気は一日で陥落していた。4000本安打を打ったのにも関わらず、その後のグッズ売り上げは低迷し、また下から数えた方が早いという順位にまで落ち込んだ。確かに地味というのはある意味個性なのだが、プロ野球では人気がないよりもあるほうがいいに決まっている。普通の社会人とは違い、露出度が全く違うので、人気さえあればテレビ番組に引っ張りだこになり、CM依頼も増える。当然の如くグッズの売り上げて、副収入が段違いなのだ。
ところが、石井はテレビはおろかCMにも出たことが無い。一回だけラジオに出演したのだが、その時は世間話を永遠に繰り返し、落ちも全くないただただツマラナイ話しをし大恥をかいた。本当に石井は一般人そのものなのだ。有名人オーラなどまったくなく、4000本安打達成者が町で普通に歩いても声をかけられることはない。
さすがに異常事態だと感じたAKIRAは石井を連れてショッピングに出かけていた。相変わらずAKIRAは完璧な変装が必要で、そうじゃないとまともに出歩けない。コンビニ一つ行くだけで苦労する。だが、石井はそうじゃない。今日もTシャツ一枚を着て大阪の町を闊歩しているのだ。
「まったく良い天気だな」
両手を腕に伸ばして、気持ちよさそうに日差しを感じているのだ。
「今日は石井先輩を少しでも輝かせるためのアイテムを買うぞ」
「俺は別にこのままでもいいけどなあ」
相変わらず、現状維持の男だ。
「それでもプロ野球選手なのか。人気は無いより有った方がいいだろう」
AKIRAはそう注意するのだった。
「まあそれはそうだが」
「石井先輩は現状維持を重んじるあまり、まるで成長出来ていない。男ならばひたすら前に進むのがセオリーだと思う」
それがAKIRAの考えだった。成長する過程で技術が後退する可能性があったとしても、それでも前に出て行くのが男なのだと。
「確かにそうだな。で、今日は何を買うんだ」
「服だ。石井先輩を引き立たせる服を買う」
「服か……。そこらのスーパーで売ってる1000円Tシャツじゃ駄目なのか?」
「駄目だって。それは地味すぎるだろう」
「そうかな?」
「しかも野球選手が1000円Tシャツって」
4000本安打を放ったレジェンドが1000円の格安Tシャツを買うのだから、もったいないものだ。せっかく金を持っているので少しぐらいオシャレに気を遣ってもいい筈なのにだ。
「やっぱり駄目かな」
こうして、AKIRAと石井は近くの服屋に入った。ここはオシャレな服がいっぱい並んでいて、オジサン世代には頭が痛くなる場所だ。しかし、オシャレ好きな若者であるAKIRAは普通に通っている。
「ここで理想の服を見つけるぞ」
「ここかあ……」
何故だか、石井は嫌そうな顔を浮かべていた。
「どうした?」
「俺みたいな親父が来る場所じゃないって」
怯えた様子で、すっかり小声になっていた。まるで蛇に睨まれた蛙のように体も小さくなっているように思える。彼の身長は180センチ未満と、野球選手では比較的小さい部類に入るのだが、それ以上に萎んで見える。
「大丈夫だ。50歳を超えてからオシャレに目覚めた親父だっているぞ。オシャレは誰にでも平等だから心配はいらない」
そうなのだ。高齢でオシャレな服を着ている老人はそれだけでモテモテになるように、オシャレは平等な存在だ。
「ちょっと乗り気にはならないな」
「そうか。それじゃあ、まず石井先輩が着たい服をチョイスしてくれ」
「俺が着たい服か?」
「ああ」
「待っていろ」
石井が店内をうろつきながら、服を探していた。そして「これだ」という服を見つけたら、試着室に行って着替えをしていた。
「まだかなまだかな」
鼻歌をしながらウキウキで待っていると、試着室のカーテンを開ける音が聞こえた。AKIRAが顔を上げると、そこに待っていたのは1960年代のハードボイルド小説に出てきそうな黒服姿の石井だった。今にも懐からチャカを取り出しそうな勢いである。
「どうだ?」
「なんだ……以外と才能があるな」
AKIRAは両手を叩いて拍手をしていた。あまりにも石井のセンスが想像よりも上回っていたので、歓喜したのだ。
「なーに。AKIRAのファッションを真似てみただけさ」
「俺のファッションをか」
サングラスをかけているのは勿論、AKIRAはライダージャケットに身を包んで、敗れたジーパンを履いていた。AKIRAから言わせればサングラスを真似ているだけだと思うのだが。
「今にも映画に出てきそうじゃないか」
「そういう石井先輩だって。ナイスな格好だ」
「いっちょ外で歩いてみるか」
「そうだな。人々の反応を見るのも大切だし」
こうして、石井は自腹で黒服を買って町へ出た。普段一本も吸わないくせにこの日ばかりはテンションを上げて煙草を吹かしているのだ。
「見ろ。人々が俺達の事を見ているぞ」
「本当だな。これで石井先輩の人気も爆発的に増えるぞ」
だが、この後二人が職務質問に引っかかったのは言うまでもない。あまりにも怪しげな二人は警察の目に止まってしまったのだ。と言っても、AKIRAがサングラスをひとたび脱ぐと、その警官はアワアワと震え始めて握手を求めてきたのだが。




