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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
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060  問題児、現る


 2月16日。ついにオープン戦とAKIRAの2年目が始動した。それと共に、あの知念という生意気な後輩もやって来たのだ。彼は高卒1年目の18歳でありながら、長いロン毛の髪を振り回し、サングラスをかけて髭もボーボーだ。まるで無人島から帰還したかのような顔立ちになっている。ドラフト会議で見た、あの整った顔はどこへやら。プロ野球チームに入団したという事実で、完全に調子に乗っているのだ。それを見たAKIRAは瞬間的に言葉を失う。


「君が知念恭二か?」


 良く見ると、両耳にはピアスを開けていた。まだ髪を染めていないだけましか。


「そうだけど、オッサン誰だよ」


 ガムをくちゃくちゃと噛みながら、挑発的な態度をとっている。しかもまだ19歳のAKIRAをオジサン呼ばわりしているのだ。これにはAKIRAも拍子抜けしてしまう。


「俺はまだ19歳だぞ」


「お前みたいな筋肉隆々の19歳がいてたまるか」


 そう言う知念だったが、彼も凄まじい筋力を誇っていた。AKIRA程ではないが、全身が筋肉で出来ているようで、ガタイがいい。腕も丸太のように太いのだ。


「知念だって凄い筋肉じゃないか。さすがドラフト1位だな」


 素直に絶賛していた。これだけ分厚い体をしているという事は、ちゃんとオフシーズンにも練習を怠らずに筋トレを続けていたという事を意味する。そうじゃないと、練習不足な体についていけなくなり、すぐに筋肉は落ちてしまう。


「俺様をなめるなよ。そんじょそこらの18歳と一緒にしてくれるな」


 口は悪いが、明らかに努力家だ。その証拠に、知念の右手は血豆がいっぱいできていて、ゴツゴツとした野球選手の手になっている。


「そうだな。お前には才能があるぞ」


「ふん。俺は鬼崎喜三郎に次ぐ最強バッターだぞ。才能があって当然だ」


「そうか。では、これからよろしく」


 AKIRAは握手を求めて手を差し出したのだが、知念はその手を思いっきり叩いて振り払った。この瞬間、AKIRAは凄まじい痛みを覚えて、つい頬を赤らめる。ここまで握力の凄い人間を見たのは久しぶりだったからだ。中学校の時に世界陸上に出場し、驚異的な身体能力を持った外国人と対戦した時の感覚とそれは似ていた。性格はまるで違うが、自分と同じタイプの選手とこうして出会えたのは素直に嬉しい。


「誰がお前みたいな偉丈夫野郎と握手するかよ」


「そうか。悪かったな」


「俺様と握手を交わしてもいい人間は鬼崎喜三郎だけだ」


 まただ。知念はメジャーリーガー鬼崎を名前で呼んでいた。


「鬼崎さんが好きなのか?」


「当然だ。俺様はあの人のプレーに一目ぼれして野球の道に進んだ。お前みたいな能天気野郎とは違うんだよ」


 知念は会話を中断して、どこかへ行こうとした。だが、AKIRAは「話しはまだ終わっていない」と言わんばかりに知念の右肩を押さえて動きを制止させた。ガッチリと掴んでいるので、肩の骨がミシミシと揺れる音が耳に入ってくる。


「どうだ? ここはひとつ、その能天気野郎の頼みごとを聞いてくれないだろうか?」


「……バカな。体が動かない!」


 知念は焦った様子で狼狽えていた。


「俺とアームレスリングをしないか?」


「ようするに、腕相撲か?」


「そうだ。筋肉を愛する者同士、競い合ってみようじゃないか」


「なんだと。意味不明過ぎるぞ」


 理解できないのも無理はないだろう。


「男は肉と肉をぶつかり合わせて、初めて友情を育むものだ」


「ふん! 俺様に腕相撲を挑もうとはな。いい度胸をしている」


「それでは?」


「良いだろう。その勝負受けて立つ」


 そう言うと、知念はAKIRAの腕を掴んでゆっくりと下に降ろしていった。それなりに筋力を感じてAKIRAは嬉しそうな表情に変わった。


「では、机が必要だな」


 AKIRAは用具係の越智さんから折り畳み式の机を借りて、その場に机を置いた。これで全ての準備が整った。これは個人的な勝負なので勿論レフリーはいない。どちらかが拳を完全に倒しきるまで戦いは続くだろう。


「フフフ、やめるなら今の内だぞ。なんせ俺様の握力は両手共に90キロを超えているのだからな。ちなみに最高記録は右腕の95キロだ」


 得意げな顔で知念は言っていた。


「それは凄い!」


 AKIRAも純粋に感心して笑顔を見せた。だが、知念は相変わらず苦虫を潰したかのような表情のままだ。


「警告はしたからな」


「大丈夫だ。俺もそれなりに握力はある」


 そう言うと、AKIRAははち切れんばかりに血管が浮き出た右腕を机の上に置いた。それは何かの間違いじゃないかと思うぐらいの大きさで、馬の脚のように太くてガッチリとしているのだ。まるで、知念の右腕が赤ん坊の腕のように可愛らしく思える程に。


「ほう。それなりの握力はありそうだな」


 だが、知念は自信に満ち溢れていた。鼻孔を膨らませてフンフンと鼻息を荒くし、自分の勝利を確信しているようだ。


「では、いくぞ」


 両者共に右腕をガッチリと掴んだと思うと、まず最初に知念が思いっきり力を入れてきた。彼の顔中が真っ赤になり最初から本気を出しているように思えた。だが、AKIRAの腕はビクともしない。握力95の男が本気を出しても1ミリも動かないのだ。これにはAKIRA自身も驚きを隠せない。ここにきて、更に筋肉の成長を感じているのだから。


「バカな……なんで動かない!」


「素晴らしい力だな。君の筋肉愛が沸々と感じられるよ」


 知念とは打ってかわり、AKIRAは涼しい顔をしていた。


「こうなったら」


 次の瞬間、知念は全体重を右腕に乗せて挑みかかってきた。それにより、ほんの数センチ知念側に拳は傾いたが、それ以上は動かなかった。


「勝利への飽くなき追求。余程の負けず嫌いと心得た」


 すると、AKIRAは少し力を入れた。そのほんの少しで拳の位置を元に戻したのだ。これには知念もビックリした顔で目を見開いている。


「なんて野郎だ!」


 歯を上下左右に揺らして、アワアワと震えている。AKIRAの驚異的な筋力を目の前にして恐怖心すら抱いたのだろう。




「ふん!」




 止めとばかりに、AKIRAは渾身の力を振り絞った。すると知念の拳が机に直撃した瞬間に木製の机は粉々に砕け散り、見るも無残な形となっていた。


「ぐうう!」


 木片が舞い散る中、知念は小さな悲鳴を上げていた。


「すまん、大丈夫か」


 AKIRAは心配そうに声を掛けた。だが、


「お前の心配はいらん!」


 知念は吐き捨てた。


「まさか、机が吹き飛ぶなんて思わなかった」


「……どうやら俺様の負けみたいだな」


「いいや。机が壊れたから不戦勝だ」


「ふん。俺様は貴様を気にいったぞ」


 知念が初めて笑った。思ったよりも素敵な笑顔で。


「俺を気にっただと?」


「ああ。知念軍団に入れ! 今なら特別に俺様の舎弟にしてやる」


 知念は迫真の顔でそう言った。だが、既に軍団入りしているAKIRAは申し訳なそうにクビを横に振る。


「すまないな。お誘いはありがたいのだが、俺は既に軍団のメンバーだ」


「どこの軍団だ!」


「石井軍団だよ」


「石井軍団……だと」


 知念はそう言うと、クルリと後ろを振り返ってどこかに行ってしまった。余程、AKIRAを軍団に引き入れたかったのか、後姿がどことなく哀愁を感じる。




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