058 石井の年俸
プロ野球選手になったAKIRAに、契約更改の時期が迫っていた。契約更改とはその名の如く、来季も契約してもらえるように確定申告を出す事から始まる。その後、2軍選手から順番に契約更改が始まり、AKIRAや石井のような大物選手は後回しにされる。既に2軍選手は終了していて、次は1軍クラスの選手、最後には1軍スタメンクラスの選手が契約更改に臨む。このように時はちゃくちゃくと進んで行くのだ。時間が無限にあると勘違いして好きな事だけやってるとエライ目にあう。そうなる前にカレンダーを見て参加すべき行事に、赤ペンでチェックなりするべきなのだ。後から行事に気が付いてロクに準備もしてなかったと慌てるのはあまりにも恥ずべき行為だ。なので、AKIRAも石井という大先輩を上手く使って、契約更改では何を準備すべきなのか聞きだそうとする。
「ところで、今年も契約更改が迫ってきたな」
AKIRAは唐突に石井に話しかけた。すると、酔っ払って目が虚ろだった石井が急に開眼させて彗星の如くスピードでこちらを振り返った。
「そうだった……忘れるところだったぜ」
「おいおい、選手にとっては何より大事な契約更改だろう」
これで来年の給料が決まるだから、ある意味、試合よりも緊張すべき行事だ。
「そうだったな。毎年の事だからつい忘れそうになる」
「そういうものなのか?」
「お前もベテランの年になると分かるさ」
石井はそうだと言うのだった。
「なにか、心構えみたいな事はあるか?」
「勿論だ。給料を多く貰いたいのであれば、絶対にイエスマンになるな」
球団側の指示に従うだけじゃ駄目だというのだ。
「と言うと?」
「自分から積極的に売り込むんだ」
「何をだ」
「選手としての長所だよ。今年のAKIRAは頭部死球がやたらと多かったが、怪我の一つもしなかっただろう。球団側はそういう頑丈な部分を見逃しやがるから、自分から売り込んでみろ」
「怪我をしない事をか」
「ただ、今年はあまり期待しない方がいいぞ。契約更改に至っては完全に年功序列だからな。どうしても、ベテランが残してきた成績と新人が残した成績とでは大きな格差が生まれてくる」
積み重ねてきた成績が違うというのだ。それ故に、新人選手は給料が安いと石井は説明していた。
「俺の場合はいくらぐらい貰えるのだろうか」
「難しいな。お前みたいに高卒一年目で最高の結果を残した選手はあまりいない。球団側も査定するのが難しいだろうな」
と、石井は推測しているようだ。
「そうなのか。ま、楽しみにしておくよ」
「少なくとも一般人に比べれば多く貰えるぞ。良かったな」
それは確定していた。しかし他の選手に比べればまた話しは別になってくる。
「石井先輩は去年の年俸はいくらだったんだ?」
「どうだったかな」
「おいおい、自分の年俸も知らないのか」
さすがのAKIRAもこれには驚きを隠せない。石井がいくら酒を飲んでいてもだ。
「多分、1億ぐらいかな」
「そんなものなのか」
30年間も現役を続けていて、4000本安打が近い選手でも単年で1億程度しか貰っていないというのだ。石井より活躍していないベテラン選手でも3億を超えている選手は他球団にはチラホラといるというのに。
「阪海は貧乏だからさ。これでも高額なのよ」
「だが、今年は相当儲かったときいたぞ」
「お前のおかげでな。後半戦、チームが最下位だと分かっていても満員だっただろう」
「ああ」
「人気だけで言えばツネーズと同等になったぞ」
ツネーズは12球団で1番人気のある球団で、毎日のように球場はファンで埋まっている。そんなツネーズと人気面では互角で張り合えるようになったというのだ。
「そうなのか」
「AKIRAというスーパースターが生まれてくれたおかげだよ」
阪海ワイルドダックを専門に扱っている新聞では連日AKIRAの行動が一面にを飾られている。たとえば服を買いに行っただけで記事になり、服に書かれている文字でAKIRAが何を思っているか心理学者を呼んで解説したりしている。一方のAKIRAは適当に服を買っているので、服に印刷されている文字なんて深く考えた事もないのだが。
「俺は別にスターじゃない。普通の選手だ」
「だが世間はそう思っていない。あの伝説のバッターが再来したと騒いでいるぞ」
かつて、阪海ワイルドダックスには鬼崎喜三郎という救世主がいた。後にメジャーリーグでも伝説となる名バッターだ。
「鬼崎さんか」
「かつて、暗黒時代に突入していた阪海を救ったのは若かりし頃の鬼崎さんだ。俺はガキの頃に鬼崎さんのプレー集を見てワクワクしたよ」
「憧れていたのか」
「ああ。いつか一緒にプレーしてみたいと思っていたが、あの人はメジャーリーグに行ってしまったから叶えられなかった」
ポスティングシステムを使って渡米したのだ。
「だが、鬼崎さんは一度戻ってきたのだろう?」
「丁度その時、俺は打撃不振と怪我で2軍に落とされていた。一緒にプレーするどころか、会ったこともない」
石井はそうだと言うのだった。




