056 一目惚れ
AKIRAという存在がどれだけファンの快楽神経を刺激させたかそれは言うまでもない。豪快なフォームからのホームラン確定のポーズは外国人パワーヒッターを彷彿とさせる美しい流れだ。AKIRAにはパワーだけではなくスピードを兼ね備えているため、たちまちヒットを放てば、ダイヤモンドを自由自在に駆けまわっている。とにかくAKIRAは美しいのだ。打撃も走塁も守備も。ファンを魅了し続けるプレーを連発して、阪海ワイルドダックの人気を取り戻した救世主でもある。そんなAKIRAは大阪では絶大な人気を誇り、圧倒的な支持を得ている。ユニフォームは販売直後にあっという間に完売し、AKIRAのような豪快なパワーヒッターになりたいという子供たちが、AKIRAが使っているモデルのバットを購入して、ブンブンと振り回しているのだ。
プロ野球界的にもパワーヒッターというのはありがたい存在だ。しかもAKIRAのように日本人でありながら強靭な肉体を持ち合わせている者は数少ない。よって、今のAKIRAに羨望した子供達が筋肉をつけ始めて、将来はAKIRAのような日本人パワーヒッターがチーム内に溢れるような事が現実にあるかもしれない。そうなれば日本のプロ野球業界は更に賑わいをみせることだろう。野球の知らない一般人はヒットよりもホームランに価値を見出すので、そういう野球を知らない人達にも野球熱が浸透するかもしれない。AKIRAという存在が将来生み出す影響は計り知れない。もしかすると、経済的にも上向きになる可能性だって秘めているのだ。
そんなAKIRAには当然、ファンが大勢いる。もはや全国の国民から顔を知られているのでファンレターも山のように送られてくる。特に女性ファンから支持を受けていて、AKIRAの甘いマスクが女子のハートをわしづかみにしているようだ。
丁度、石井家にもAKIRAの熱狂的な女性ファンがいる。それは石井家の長女である。石井から会ってくれと頼まれたので、AKIRAは長女の部屋を三回ノックした。しかし、反応がない。おかしいと思ったAKIRAはそろりと部屋の扉を開けてみた。
「!」
するとだ。信じられない光景が飛び込んできた。部屋一面にはAKIRAのポスターが飾られていて、勉強机の上にはAKIRAの人形が首を横に振っていた。パソコンの画面もAKIRAの顔写真に設定されているではないか。あまりのゾッコンぶりに、思わず気を失いそうになる。ここまでされると自分としても恥ずかしいからだ。
「あ」
次の瞬間、ソファーでプルプルと震える女の子と目があった。その女の子は誰が見ても分かるように顔を真っ赤にさせて、目の下に涙を浮かばせていた。そして、両手にはどうやって作ったのか分からないが、AKIRAの抱き枕を握りしめていたのだ。
「どうも、AKIRAだよ」
AKIRAが笑顔を見せた瞬間、女の子はソファーに置いてあるクッションを手に取って、投げつけてきたのだ。
「こっちこないで!」
「え、なんで!」
突然の攻撃にビックリしたAKIRAは、動揺を隠しきれずに部屋から出てしまった。すると、扉に鍵がかけられていて開かなくなってしまったのだ。AKIRAは「何か悪い事をしてしまったのか」と猛省し始める。
「やっぱりそうなったか」
声がしたので後ろを振り向くと、そこには石井が立っていた。
「さっきのが長女か?」
「そうだ。名前は百恵という」
「百恵か。いい名前だ」
素直に思った。
「あいつはAKIRAを人間ではなく神様だと思っていてな」
唐突に、石井がとんでもないことを口走った。AKIRAが神様だというのだから。
「俺が神だと?」
「自分のような人間がAKIRA様に会う事は許されない……とかなんとか言ってさ。頑なに会おうとしないんだ」
「おいおい、俺は普通の人間だぞ」
「そうだな。なんとか説得してくれないか。本当は会って話がしたいだろうし」
野球選手を目撃しても自分から声をかけられないファンはそれこそ星のようにいる。会った瞬間に心を奪われて声が出なくなるのだ。そういう時は野球選手が自ら近づいて、ファンと接してやればいい。
「だが、本当に百恵ちゃんは俺と話がしたいのだろうか?」
「当たり前だ。毎日のようにお前のホームラン集を見てキャーキャー騒いでるんだぞ。本当は喋りたいに決まっているさ」
AKIRAのホームラン集をまとめた動画が某動画投稿サイトにアップロードされている。きっとそれを見ているのだろう。
「分かった。説得してみよう」
AKIRAは恐る恐る扉に近づいて、こう言った。
「百恵ちゃん?」
しかし、反応がない。なのでAKIRAは更に続けた。
「僕は神様じゃなくて普通の人間だよ。だから一緒にお話ししよう」
まるで、泣いている子供を慰めるかのように優しい口調で声をかける。ただでさえ、AKIRAの声には催眠効果があると言われるほど、程よく低い声でゆっくりとした声をしている。
その声が通用したのか、ガチャという音がしたと思うと、百恵が少しだけ扉を開けて顔を覗かせていた。そして、先輩の前で申し訳ないのだが百恵の巨乳がプルンプルンと揺れているのが見えてしまった。
男はおっぱいに弱い生き物だ。しかも百恵は上目使いで、ジッと此方を見ている。誘惑しているつもりはないだろうが、すっかりAKIRAは目を奪われてしまった。おまけに、百恵は石井の子供とは思えない程に美しく、整った顔立ちをしていて、流れるような黒髪からシャンプーの良い匂いが漂っている。
「AKIRA様……」
百恵のあまりにも愛くるしい姿にAKIRAの鼓動がドクドクと高まる。このような小動物的な癒しを醸し出す女性に、AKIRAは今まで会ったこともない。
「初めまして。AKIRAです」
「石井百恵です……。は、恥ずかしい!」
照れている姿も愛おしかった。なんせプロ野球選手はプレッシャーのかかる試合に何度も出場しているため、無意識に癒しを求めている事が脳科学的にも判明している。丁度AKIRAは冬という苦手な季節の影響で、精神が不安定になっていた。そこになんとも可愛らしい女性とバッタリ出くわしたのだから相乗効果を受けたのだろう。ようするに、一目惚れしてしまったのだ。
「そんなに恥ずかしがらないでください」
「だって……こんなに近くでAKIRA様のお顔を拝見できるなんて!」
百恵の顔が真っ赤になっていた。しかも両手でその顔を隠して、恥ずかしがっているではないか。あまりにもドストライクな仕草にAKIRAは思わず照れくさそうに後頭部をかき始める。
「こちらこそ、会えて光栄です。こんなに可愛らしい方とは」
「そんな滅相もありません!」
「ちょっと、部屋の中に入ってもいいかな?」
すっかり恋心を芽生えさせたAKIRAは部屋の中に入りたがっていた。
「は、はい!」
そうすると、百恵はあわただしく部屋の中を掃除していた。床に散らばっているAKIRAのグッズを押し入れの中に隠そうとしているのだ。
「大丈夫だよ。僕はそういうの気にしないから」
「私、AKIRA様のグッズを使って妄想なんてしてませんから、一緒に遊園地に行ったり買い物したり……そんな妄想してませんから!」
すると、無理に押し入れに詰め込もうとしたのか、逆に押し入れから大量のAKIRAグッズが雪崩れのように落ちてきた。その瞬間、百恵は「ヒャッ!」と言いながら、腰を抜かして座り込んだのだ。
あまりの天然っぷりにAKIRAはすっかりメロメロになって百恵の元に近づいた。そして耳元でこう呟く。
「片づけ、手伝ってあげようか?」
「は、はい」
AKIRAの低音ボイスを耳元で聞いた影響か、百恵の目はトロンとしていた。両者の間には、このまま抱き寄せても構わない雰囲気になっていたが、AKIRAはそれをしなかった。嫌、出来なかった。本当に自分の事を好いてくれているのかと、一瞬疑問に思ったことがAKIRAを制止させたのだ。それに、今は部屋の中を片づけるのが先決だった。
「今は我慢だ」
そう、自分に言い聞かせた瞬間、百恵が両手を広げて抱きついてきた。AKIRAとは違い、本能が理性を超えてしまったのだろう。
「AKIRA様……ごめんなさい。我慢できませんでした」
百恵の柔らかい肌と密着していると不思議に眠たくなってきた。あまりの抱き心地の良さにAKIRAも自然と百恵の腰に手を回す。
「それは俺もだ」
「嗚呼……私は幸せでございます」
こうして、二人はしばらく抱き合った後に部屋の掃除に取りかかった。自分のグッズを片づけるという行為に不思議を感じながらも、どうにか部屋は元通りになった。




