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AKIRA  作者: 千路文也
プロ1年目  -友情-
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055  子供達の熱い視線


 11月16日を以って秋季キャンプが終了した。これで選手たちは完全にオフとなり、これから各自の調整が始まる。なんせ、規則によって12月と1月は首脳陣による指導は行われないため、体のケアや練習方法は選手に任されるのだ。若手は秋季キャンプでコーチに教わった練習を反復すればよい。ベテランは今までにつちかってきた己にあった練習方法を行う。


 無論、AKIRAも例外ではない。いくら親友の石井先輩であっても打撃コーチという筋書きが変わることは無い。よって彼から打撃方法を教わることは出来ない。1月までは自分で練習しなきゃいけないなのだ。


 しかし、ここで重要な事態が発生する。嫌、常に発生しているというべきか。これからの季節は徐々に肌寒い気温になり、冬と呼ばれる季節に突入する。AKIRAはこの冬という季節を大の苦手としているのだ。なんせ、太陽の光の元、汗を流して運動をするのが好きなAKIRAは太陽の光が隠れやすいこの季節を嫌っている。炎天下の下で体を動かすのが得意だが、逆は不得意なのだ。それに、冬は気温が一桁になるのも珍しくない。寒がりなAKIRAは、寮の薄い布団にくるまりガチガチと歯を鳴らしながら震えるのだ。


「うう……寒いぞ」


 片手を出すだけで凍りつくような寒さに見舞われ、思わず片手を布団の中に引っ込ませる。どうやら完全無欠のスーパースターと言われるAKIRAにも弱点があるようだ。このように冬の肌寒い日には布団から一歩も出られない。


 だがだ。そうも言ってられない。いくらオフシーズンと言えどAKIRAにも予定は存在していた。今日の午前中に石井の家でゲームをする予定だったので、とっとと布団から出て身包みの支度をしなきゃなのだ。


 人間はどんなに眠たかろうが寒かろうが、スケジュールが入っている以上は起きなければらない。遅刻は社会人として最低最悪のマナー違反であり、御法度とされている。特に日本はそうだ。故にAKIRAも気力を振り絞って自己を奮い立たせる。


「ぬおおおお!」


 なんとか気力だけで立ち上がると、そのままクローゼットに飛び込み、急いで着替えを始める。こうして、いったん起きてみれば大した事はない。じょじょに目が覚めていくのだから。


 AKIRAは朝食を食べた後、バイクに跨って石井の家を目指した。石井の家は阪海球場から左程遠くはない位置にある。およそ10分程度で到着する距離だ。


 こうして石井の家に辿り着いたAKIRAは駐車場にバイクを置いた。やはりプロ野球選手の家だけあって如何にも高級そうな家だ。駐車場には日本車が5台置かれていて、それこそ自転車なんか店並に揃っている。子供の自転車なのだろうか、後ろには高校のステッカーが貼られている。その隣には中学校のステッカーつき自転車もある。どうやら石井は子宝に恵まれているようだ。


 ピンポーン。


 AKIRAはインターホンを押した。するとまもなく石井本人が楽しそうな表情で玄関の扉を開けて、招き入れた。部屋の中はとても整理整頓がされていて、モデルルームなみの輝かしいフローリングに天井だ。


「ようこそ、我が家へ」


 石井のニコニコとした表情はこちらも幸せな気持ちにさせてくれる不思議な魅力を放っていた。


「良いお家に住んでるな。さすがプロ野球選手」


「なーに、お前なら直にもっと高級な家に住めるさ」


 そして、AKIRAが案内されたのはリビングルームだった。そこには見た事もない巨大なテレビが置かれていて丁度サッカーの試合が放送されていた。大迫力かつダイナミックな音声が響いており、思わず引き込まれる。AKIRAが普段見ている19インチのテレビとは驚くほどの違いだ。


「AKIRAだ!」


 すると、今度はAKIRAの目の前に子供達がわんさかと集まってきた。数だけで言うと8人はいる。高校生、中学生、小学生と歳は離れているようだが、どれも石井の顔を彷彿とさせる顔立ちをしており、一発で石井の子供だと分かった。


「こらこら、AKIRAさんだろ」


 石井が注意するのだが、そんなのお構いなしだというように子供達は実の父親をはねのけてAKIRAに近づいてくる。その愛くるしい顔を接近させているのだ。目もキラキラと輝いていた。


「いつもテレビで見てます!」


「CM観ました!」


「すごい、大きいね」


「うちのパパとは大違い」


「もっといっぱいホームランを打ってね」


「応援してます」


「かっこいいな」


「阪海を日本一に導いてください!」


 ワイワイと子供達に群がられている。これはまったく予想していない状況だったので、無言で石井に助けを求めるのだが、子供達の勢いは止まることをしらない。


「ちょっと。君達、落ち着いてくれ」


 あまりに体中を触られてしまい困惑したAKIRAは、サインを書く事で赦しを乞う事にした。子供達というのは単純なのか、直筆のサインを貰っただけで大喜びしているではないか。その場をピョンピョンとウサギのように跳ねるものもいれば、踊っている者もいる。喜び方は様々だが、皆嬉しそうな顔をしている。


「今日はAKIRA君と大事な用があるから各自部屋に戻ってなさい」


 石井の言葉が効いたのか、サインを貰って満足したのか、それは定かではないが石井の子供達はAKIRAに手を振りながら、リビングから次々と退散していった。こうして、ようやく石井とAKIRAは二人っきりになれた。


「大家族だったのか」


 吐息交じりに、呟いた。


「ああ。11人家族だ」


「11人家族? 石井先輩と奥さんを足しても10人しかいないぞ」


 子供達は8人しかいなかったのだ。サインを書く時にも数えたので、恐らく正確な数字だろう。


「ああ。実はもう一人いてな」


「どこかに出かけてるのか?」


「いいや家にいるぞ」


「どうしてリビングにいなかったんだ?」


「恥ずかしがり屋なんだよ。あいつは」


 そうだというのだ。恥ずかしくてAKIRAに会えなかったと。


「成程。思春期特有の恥ずかしさか」


「この家の長女なんだが、会ってやってくれんか?」


「いいのか」


「実はAKIRAの事を誰よりも応援してるんだ。本人は会いたくないと拒んでいるが、本心はきっと一目見たい筈」


 応援しているが故に会いたくない。そんな気持ちなのだろう。


「そうなのか」


「二階の左奥の部屋にいる。ちょっくら行ってくれ」


「分かった」


 こうして、AKIRAは石井家の長女に会うべく階段を上ったのだった。




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