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AKIRA  作者: 千路文也
プロ1年目  -友情-
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050  石井は小遣い制


 結局あの後、石井の紹介で医者に頭部を視てもらったのだが何の異常も無いと嬉しい言葉を聞かされた。あれだけプロの速い球を頭部に喰らってヒビさえないのは生まれ持った頭蓋骨の固さのおかげとまで言われた。実際に自分の目でレントゲンの写真を見ても、特にこれといった違和感は存在しなかったので間違いなく診察結果は正しく、セカンドオピニオンをする必要もなかった。


 すると、石井はAKIRAの無事を記念して焼肉を食いに行こうと言い始めた。先輩後輩の付き合いと言うよりも、どちらかというと友達感覚の気軽な誘いだった。もはや二人はゲームという共通の趣味を持った親友になっていると言っても過言ではない。きっと石井は焼肉を食べながらゲームの通信プレイをするつもりなのだろう。


「ついでに、通信しようぜ」


 やはりだ。石井はAKIRAとゲームがやりたくて仕方ないらしい。石井はその圧倒的な地味の顔から一般人と間違えられるが、一応プロ野球選手だ。大人二人分の焼肉代を払う金ぐらいはあるだろう……恐らく。


「石井先輩の奢りなら、行っても構わないぞ」


 給料のほとんどを親に渡しているのでAKIRA自身は金欠だった。それで、焼肉を食べるお金がもったいないというのだ。


「当たり前だろう。前にも言ったが先輩が飯奢るのは当たり前の事だって」


 背中をポンポンと叩きながら、そう言うのだった。


「分かった。それじゃあ行こうか」


「よし、車に乗れ」


 こうして、AKIRAと石井は焼肉屋へ行く事となった。そこは阪海球場から徒歩5分の焼肉屋で、以前にも此処で食べたことがある。試合帰りのファンにこってり絞られたという苦い経験があるのだが、今はオフシーズン中なので多少は大目に見てくれるだろう。たとえ最下位だとしても。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


 可愛いお姉ちゃんが話しかけてきた。石井は素顔でも問題ないが、時を駆けぬけるスーパースターのAKIRAは、サングラスを着用していた。しかし、身長が二メートルを超えた男がサングラスを装着していれば逆に目立つ。


「二名です」


 石井は分かりやすいようにピースをする。


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 二人が案内されたのは四人席だった。どこも満杯でようやく席が空いたのがここだけだったので、二人は遠慮なくそこに座った。


「さてと、何を食う?」


「サラダはどこだ?」


「サラダなら、そこにいくらでもあるぞ」


 石井が指差した場所には棚が置いてあり、サラダの入った皿がラップに包まれていた。その近くには炊飯器もあるではないか。


「分かった。注文してから取りに行こう」


「で、何にするよ?」


 他のお客さんが頼んだ焼肉の香ばしい匂いが、この席にまで漂ってくる。それだけでも食欲がそそられた。


「食べ放題はどうだ」


 焼肉屋と言えば食べ放題がオーソドックスだ。と言っても、普段から肉を良く食べる人でないと中々元は取れないが。


「それは良い考えだな!」


 プロ野球選手は食べるのも仕事の内だ。しかし、今日ばかりは仕事感など微塵も感じさせない。二人は食欲の赴くまま、肉を喰らおうとしていた。


「せっかくだからプレミアコースにしよう」


「ちょっと……高いな」


 大人一人で4000円もするコースだ。それだけ上物の肉が用意されるという事なのだろうが、石井は苦虫を潰したような顔になっているではないか。


「何を言っている。金ならある筈だろう」


 石井はプロ野球歴三十年という事もあって、そこらの選手よりも遥かに稼いでいる。なのにプレミアムセットの値段を見て目を見開いているのだ。果たして、その理由は。


「金は奥さんが管理してるからな」


 ずばり、安い小遣いしか貰っていないという事だ。


「おいおい、まさか小遣い制なのか」


 伝説のプロ野球選手が、奥さんから小遣いをもらっているというのだ。貢献度で言えば、思う存分自由に使ってもいいぐらいなのに。


「月8万だ」


 声が震えていた。きっと恐妻家なのだろう。


「てことは、今回の飯代だけで小遣いの10分の1が飛ぶのか」


 二人分の飯代が4000円なので、そういう計算になる。


「辛いぞ。月8万じゃ後輩に飯奢るだけで軽く吹き飛ぶ」


 野球選手は大食いだと相場が決まっている。特に若い後輩は無限の胃袋を持っているのだろう。AKIRAのように。


「だったらもっと小遣いを増やしてもらえばいいだろう」


「いやいやいや、それは出来ない!」


 石井は勢いよく首を横に振っていた。


「何故だ。理由を言ってくれ」


「奥さんが怖いんだよ」


「おいおい、恐妻家なのか」


「人の陰口はあまり言いたくないが……確かにそうだ」


「以前から尻に敷かれてる感はあったが、まさか本当だったとは」


 石井のノホホンとした性格と見た目から、そう感じていたのだった。


「色々と辛いんだぞ。お父さんっていうのは」


 いくら疲労感が溜まっていても子供の運動会は行かなければならない。野球選手のお父さんが一緒に走ってくれるという理由だけで他の同級生たちにも自慢になるのだから。また、運動会だけではなく、子供の部活の遠征先に車を飛ばす必要がある。特にリトルリーグではバス代の節約かどうかは不明だが、親が遠征先の学校やら球場やらに連れて行くというのが御約束だ。それは石井も例外ではない。ましてや、子供に一万円を渡してタクシーで行けとは石井の小遣い的にも立場的にも言えないので、眠たい眼を擦りながら必死に送り迎えをするのだ。


「俺もいずれ、それを味わう事になるのか」


「そういうことなんだぞ」


 石井は笑いながら、そう言っていた。なんだかんだ言って家庭を持つという事は幸せな事なので悪くはないのだろう。きっと。




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