005 交流戦開始
5月20日。ついに、交流戦が開始した。阪海ワイルドダックスは伝統的に交流戦を苦手としているため、更なる敗北が続くだろうとマスコミ関係者達やプロ野球の御意見番は口に出していた。ところが、チーム全体は交流戦を機に波に乗るだろうと信じていた。それは今年入団した黄金ルーキー『AKIRA』が活躍しているからであった。AKIRAはこれまで高打率をキープしているだけではなく、ツネーズの矢部との熾烈のホームラン王争いをしていた。しかもそれだけではない。ここまで15個の盗塁を決めているのはAKIRAただ1人であり、ぶっちぎりの盗塁数だった。
ネットでは1番AKIRA説と4番AKIRA説に別れる程、注目度も高い。ここで、ネットの意見を一部紹介しよう。
1番AKIRA説を唱える者はAKIRAがチーム内でトップの成績を誇っている事と、その盗塁数に注目していた。15個の盗塁数は両リーグでトップだ。しかも成功率は89%を誇っている。セーフティーバントとドラッグバントの精度も高く、軽打狙いをすれば打率を3割に乗せられるという意見だった。
反対に、4番AKIRA説を唱える者は日本の4番信仰を考えている者が大半を締めていた。やはり4番という特別な打順に高卒ルーキーを置くと盛り上がり、4番に置くだけの長打力を持っているという事実もあった。そして、AKIRAは積極的に打ちにいくため、四球を滅多に選ばない。AKIRAの出塁率の低さを否定し、1番に置く事に不信感を抱く者も大勢いるのもまた事実だった。
しかし、謎の覆面監督ワーグナーは打順を1番AKIRAに固定したままである。4番派のファンは「たまには4番にAKIRAを置いてくれ」と訴えているのだが、4番には現在絶不調中の石井選手を置いたままだった。
石井選手は逆転サヨナラ満塁ホームランを打った後から再びスランプに舞い戻り、打率は.075に下回ってしまった。全盛期ではパンチ力のある高打率バッターとして活躍していたのだが今はその影すら無い。ファンたちは「もう歳だから」という理由で半ば諦めかけていたのだが、それとは別に石井を使い続けているワーグナーへの不信は高まっていた。送迎バスには生卵がぶつけられ、「石井を二軍に遅れ」というデモ活動が一部の地域で起きたほどだ。しかし、石井以上に打てる遊撃手が育っていないというのもあり、ワーグナーは石井を使い続けていたのだった。
石井が凡退する度に「石井が家出した」とネットでは誹謗中傷されている。この前の『ただいま』発言をネタにされているようだ。あれから一本もヒットを打っていない石井は当然の如く、このような中傷の的となっていた。
「今日は石井を4番DHで起用する」
「そうか。交流戦ではDH制が起用されるのか」
AKIRAはフムフムと1人で唸っていた。
「僕がDHなのは構いませんがショートは誰がするのですか?」
石井が監督に訊くと、監督は自分の顔を指差したのだ。
「え!?」
瞬間、部屋にいた選手とコーチまでもが驚いた顔を見せた。
「俺は昔、メジャーでショートを守っていた事がある。だから任せておけ!」
こうして試合は始まった。監督は3番ショート謎の覆面監督という名前で電光掲示板に発表された。あまりにもシュールなため、選手達は苦笑いをしている。
しかしだ。1回の表に三塁線を襲う痛烈な打球でヒットを打った後、裏の守備では強肩を生かしてジャンピングスローをし、ランナーを刺したのだ。これには観客も大賑わいで、歓声と拍手を送っていた。
そんな監督には負けず劣らず、今日の石井は広角に打ち分けるバッティングをしていた。第一打席では130キロのカーブをライトに運び、第二打席では外角高めのスライダーをレフトに叩き返してここまで二安打。
久方ぶりの複数安打に喜びを隠せない石井に第三打席が回ってきた。6回の表ツーアウト三塁一塁。塁には監督とAKIRAが当たり前のように立っている。
「俺の打法でホームに帰してやるぜ。待ってろよ!」
対戦投手は先発の金原。ドクターKと呼び声が高く、平均球速147キロも直球とキレのある変化球でバッタバッタと三振の山を築くタイプだった。そんな金原は初球にストレートを放った。。ストレートには滅法強い石井は金原のボールに力負けせずに、フルスイングで答えた。
「フェア!」
ボールは一塁線に際どい所に転がって行き、ライトとセンターの奥深くまでコロコロと動いていた。しかもライトとセンターはボールの処理をあたふたと雑にしているではないか。それを確認した45歳のワーグナー、18歳のAKIRA、48歳の石井は年齢なぞ関係なく全速力で走り抜き、バックホームされた頃には、なんと全員がホームに帰還したのだ。48歳の高齢でランニングホームランを果たした石井はベンチに帰ってきても雄たけびを上げたままだった。
「やった。やった。やったぞ!」
ところが、9回の裏。守護神のピッチャーがツーアウトに追い込んだにも関わらず、代打にヒットを打たれて逆転負けを喫してしまった。
「どんまい。次に切り替えよう」
ベンチで項垂れている石井に、AKIRAは声を掛けていた。
「ハハ。そうだな」
「俺達が仕事を続けていればいずれ勝ちに結ぶさ」
AKIRAは手を振って、先にロッカールームへと帰って行ったのだった。こうして交流戦の開始は黒星スタートとなったが、まだまだ始まったばかりである。ワイルドダックスは必ず波になると、チーム内は信じていた。