048 CM撮影
オーバーホールが終わった後、AKIRAはテレビ局に向かっていた。今日の午前中はCMの撮影が入っていて午後から病院に行く予定だ。名実ともにスーパースターの階段を駆け上がっているAKIRAには既にCM依頼が来るほどの大物になっていた。
プロ野球選手はCMに出る以上は球団側にもギャラが発生する。すなわち依頼人側はギャラを二回支払わないといけない。だからこそ近年の不況でプロ野球選手をCMに出す機会が激減していた。しかし、全国的知名度があって実力も兼ね備えたスーパースターなら話しは別だ。そして、AKIRAに白羽の矢が立ったという事になる。
これは他の選手は認めたくないだろうが、知名度だけで言えば今のプロ野球界にAKIRAを超える者はいない。いるとするならばメジャーリーグで活躍している者ぐらいだ。
AKIRAは高校野球決勝優勝、最速170キロ左腕、新人賞、盗塁王……。数えきれない程の伝説を短時間の間に残して来た。AKIRAが思っている以上に世間は注目しているのだ。
「おおー! 良く来てくださいました」
スタジオの扉を開くと、如何にも業界人という格好の男が目の前に現れた。年齢は40代前半で黒い円形の眼鏡に髭を蓄えている。さらに服は紫や赤などの過激な色を使ってコーディネートしているではないか。
「どうも、今日はよろしくお願いいたします」
AKIRAは、とても18歳の少年とは思えない低い声を出した。彼は生まれつき成長が早く、小学5年の時には声変わりを終えていた。この太い声は小学生の頃からなので、人々は電話を取る度に『どこのオジサンだ』と勘違いしてしまう程だ。そして、今もそれは現在進行形で進んでいる。今日の時代、高い声の男がモテるので、若者は声が高いという認識がされていた。しかし、AKIRAはそんな流行を逆手にとったような声をしている。例えるならば悪役が良く似合う声だ。
「あの……恐縮ですがそちらの方は?」
監督は眼鏡を上に上げて、後ろを確認していた。AKIRAも同時に振り返ると、そこには石井がいた。本来ならば野球界に名を残すレジェンドなのだが、あまりの地味さに存在感が限りなく薄い。この監督にすら認識されていないようだ。
「石井選手です。初めてのCM撮影に緊張したので付添人として来てもらいました」
「石井選手って……あの石井選手!」
まるで腰が砕けたかのようにアワアワと座り込んだと思うと、今度は土下座をしていた。
「落ち着いてくださいよ」
「申し訳ありません。石井選手だと気が付かずに無礼な真似をしてしまいました」
「大丈夫だ。石井先輩はいつもこうだからな」
「そうなのですか?」
監督は眼鏡を掛け直して、石井に尋ねていた。
「ええ。僕は成績の割に存在感が薄い選手ですから」
自分の悪い部分を客観的に見れるのが石井だ。さすがに長年競争社会に身を投げている男である。
「いやあ……石井選手にもCM依頼しておけば良かったな」
白々しい態度だ。本当は石井の影の薄さを知っていてワザとCM依頼を石井には出さなかったのだろう。それを証拠に石井は30年の現役生活で一度もCMには出ていない。あまりにもレジェンドとはかけ離れた普通の顔立ちをしているからだ。町に出ても顔バレする事は皆無。ましてや顔写真を乗せているツイッターでさえ、偽物扱いされているぐらいだ。そんな訳でフォロワー数も12球団で1番少ない58フォロワーという散々な数字を叩きだしている。しかし、裏返せば本物の石井と認識できる者が58人いるという事だ。石井はそんな不遇に一切文句を言わず、毎日ひたすら呟いている。
「ハハハ。一般人がCMに出てると思われますよ」
AKIRAはそう言いながら笑い飛ばした。
「では石井さん、こちらに座ってください」
監督はヘコヘコと頭を下げながら椅子を用意していた。石井は素直に申し出を応じて、その椅子に座る。
「では、ここで可愛い後輩の演技を見せてもらいますよ」
笑顔で両手を組みながらCMのセットを見つめていた。今回AKIRAが受けるCMの内容はズバリ保険だ。近年、若者の保険離れが着々と進んでいるので、スーパースターのAKIRAが18歳でも保険に入れるという事実をアピールする内容だ。このCMはプロの役者さんに交じるため、AKIRAにも相応の演技力が試される。
「AKIRAさん。台本を覚えてきましたか?」
腰をクネクネと動かしながら、監督が尋ねてきた。
「勿論だ。全てインプットしている」
AKIRAは自分の頭を軽く叩きながら、そう言った。
「さすが18歳! 覚えも早いですね」
「それで、俺の立ち位置は何処だ?」
こうしてAKIRAが主役のCM撮影が始まった。AKIRAが階段を転んで怪我をしたという仮定でストーリーは進んで行き、物語はあっという間にクライマックスへ。保険が適用されて病院のベットで喜びをあらわにするAKIRAの前に、お姉さんが登場し、医療保険のプランを説明し始めた。
「はい、OKでーす!」
なんとAKIRAは三発撮りで成功させた。しかもミスをしたのは役者さんで、AKIRAはノーミスで完璧な演技をしていたのだ。
「ふう……良い緊張感だった」
「いやはや驚きましたよ。ここまで演技力が高いとは思わなかった」
「そうですか?」
「ええ。その声も役者向けの声だ。きっと舞台俳優でも大成功を収めたでしょう」
どうやら、AKIRAには役者の才能もあるらしい。それも声が良く通る事から舞台俳優を勧められた。
「ありがとうございます」
AKIRAは監督に一礼した後、惜しげもない拍手を送られた。これは良くある現場をを盛り上げるための空拍手ではなく、本当に称賛されているではないか。プロの役者ですら脱帽して最高の笑顔を見せている。
「良かったな。AKIRA!」
更に、後ろでは石井が本当に嬉しそうな顔で成功を称えていたのだった。




