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AKIRA  作者: 千路文也
プロ1年目  -友情-
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004  渾身の一撃


 5月16日、ついに石井の打率が1割を切ってしまう異常事態に陥ってしまった。ツーランホームランを打った時から1本もヒットが出ないという信じられないスランプだ。そして、更に信じられない事はここまで打撃不振の石井を使い続けている謎の覆面監督ワーグナーだった。ワーグナーは記者からのインタビューでも「ザ・キャプテンを信じてくれ」としか言わず、頑なにスタメンで使い続ける。しかも石井を4番打者に任せているのだ。打率.099の4番なぞ威圧感も欠片もなく、ほとんどのピッチャーは3番を歩かせて4番の石井と勝負するという作戦を取っていた。無論、これは石井にとって屈辱以外の何物でもなかった。


「今日も4番は石井で行くぞ」


 監督はブリーフィングルームで選手たちに今日のオーダーを発表していた。そこには当たり前のように石井が4番に座っていた。


「監督、AKIRAを4番にして、石井先輩を8番にしたらどうでしょうか」


 送りバントの天才児である田中が手を挙げた。


「そうしたいのは山々だが、それなら誰が1番を打つ?」


「…………」


「今のお前達の成績を確認するぞ。いいな?」



1番 センター AKIRA .264 9本 13打点


2番 セカンド 田中 .204 0本 6打点


3番 レフト 神野 .233 2本 8打点


4番 ショート 石井 .099 1本 2打点


5番 キャッチャー 松本 .201 4本 10打点


6番 ライト 八木 .221 0本 4打点


7番 サード 別府 .196 0本 2打点


8番 ファースト 黒川 .152 1本 1打点



「…………」


 自分たちのふがいない成績を突きつけられ、選手たちは黙ってしまった。


「この中で高打率をキープしているのはAKIRAだけだ。ホームランが打てる1番打者として暫くAKIRAを使っていくぞ。文句が有るのならAKIRAの打率を超えてから言え」


「はい!」


 こうして、5月16日の試合が始まった。対戦相手はダイスターズの井上投手だ。彼は38歳のベテラン投手で、ルーキーの頃は平均球速148キロの剛腕投手だったのだが、最近は歳を取るにつれて変化球中心のピッチングに変わっていた。


「1番センターAKIRA」


 左のバッターボックスに立ったAKIRA。右対左では左打者の方が優位に思えるが、技術が発展したプロ野球では相性の問題で片づけられるレベルではなかった。相性よりもむしろ技術やメンタル部分の方が重要だったりする。


「っく。球が重い」


 この時もそうだった。AKIRAは目の前にいる大先輩の気力のピッチングに抑えられ、ファーストゴロに倒れてしまう。


「残念だったな黄金ルーキー。まだまだ技術が足りないな」


 そう言って、井上はほくそ笑んでいた。


「次の打席だ。それまで炎上するなよ」


 AKIRAが言い返すと、互いは笑って自分の持ち場に戻って行った。


 そして3回裏に打席が回ってきた。ノーアウト一塁三塁の場面でAKIRAが左のバッターボックスに立ち、バットを上空に掲げた。


「得点圏打率.573。こいつは要注意だぜ」


 ダイスターズのキャッチャー山田が呟いた。AKIRA自身も気が付いていなかったのだが、どうやら彼はチャンスに滅法強いらしい。


 初球だ。井上は真っ直ぐのフォーシームを胸元に投げ込んできた。ストライクゾーンを少しずれてボールだったのだが、球速140キロでボールが走っていた。


 そして2球目。今度はストライクゾーンから逃げていくスライダーに引っかかって空振り。高校野球では見た事の無い変化量のスライダーにAKIRAは興奮を隠せないでいた。


「さすが大先輩だ。俺の知らないボールを簡単に投げてくる……だが」


 AKIRAは3球目のフォークボールにバントの構えをした。そして、ボールは三塁手と井上投手の間に絶妙に転がっていき、三塁ランナーは無事に生還した。


「この野郎!」


 しかし、井上投手の気力溢れる一撃で、足の速いAKIRAを一塁に刺したのだ。結果的にスクイズ成功になったのだが、AKIRAの中でこの勝負は自分の負けであると感じていた。それは初めてのセーフティ失敗だからという事もあるのだろう。


「良くやった。AKIRA」


 謎の覆面監督はAKIRAを褒めていたが、


「いいえ、完敗ですよ」


 と、自信の負けを確信していた。


「何故だ。スクイズは成功しただろう。お前のおかげでチームは先制点を取ったのだぞ。先制点を取ったチームは当たり前だが勝利は高くなる」


「チームとしてはそうかもしれませんが、個人としては負けたのです」


「お前……」


「失礼。守備に行きますので」


 続く田中が三振してスリーアウト。AKIRAは自身の守備位置に走って行った。


 続いてのチャンスは9回の裏だった。井上のスタミナが無くなって来たのか、投球が不安定で四球を重ねて、満塁のチャンスに石井が回ってきた。


「消えろおお。置物!」


「神聖な球場に汚い顔を晒すな!」


「どうせ三振だろうが!」


 阪海の観客たちは石井に向かって容赦ない罵声を浴びせていた。それもその筈、石井は5つの三振に倒れていたのだ。ど真ん中の直球にハーフスイングをしたり、明らかなボール球を振っていたりと散々な物だった。


「諦めるか。俺より若い奴が頑張ってるんだ」


 しかしだ。この回の石井は熱い闘志を燃やしていた。石井は大きな賭けに出た。一球一球の投球に対応するのではなく、最初から的を絞って振り抜くと言う大きな博打に。


「石井さん。俺が引導を渡してやるぜ」


 井上が振りかぶった。石井もスイングする。


 バゴオオオンンンンン!!


 当たった。インコースに的を絞っていた石井の勝ちだった。打球は見る見る内に伸びていき、阪海ファンの待つスタンドへと消えて行ったのだ。


「うおおおおおお!!」


 石井は片手を挙げてダイヤモンドを駆け抜けた。そして、阪海のベンチから選手達が笑顔で出てくる。逆転サヨナラ満塁ホームラン。まさに4番打者として最高の仕事をした石井は選手だけではなく観客からも惜しげのない称賛を与えられた。


「信じてたぞおおおお!!」


「俺達の石井が帰ってきたんだ!」


「お帰りいいいいいい!」


 選手の抱擁と観客の絶賛の声にもみくちゃにされながら、石井は幸福を感じていたようだった。それを見ていたAKIRAも人一倍喜んで、石井の頭上にジュースを撒き散らしたのだった。


「今日のヒーローインタビューは勿論この人。見事に復活を果たした石井選手です!」


「ありがとうございます!」


 お立ち台に上がってマイクを掴んだ瞬間、観客席から大歓声が響き渡った。


「今まで長い長い苦痛の日々だった思います。今日打ててどんな気分ですか?」


「僕の野球人生はまだ終わっていなかったのだと素直に喜びました。これで、これからも思う存分野球を続けられる事が出来ます」


「石井選手。本当にありがとうございます。そしてお帰りなさい!」


「ただいまああああああああ!!!!」


 こうして、阪海球場は何時までも石井の雄姿に拍手を送り続けていたのだった。





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