036 最強の打撃フォーム
AKIRAはとんでもないペースでホームランを量産していた。本格的な打撃改造を行ってから既に1か月が経過して、現在は9月1日。この1か月の間に、AKIRAは15本のホームランを放ち、打率も.280まで上がっていた。誰もが文句の言いようのない成績を叩きだして、8月の月間MVPを獲得していた。オールスター戦が終わって不振を極めていたAKIRAに一体何が起きたというのか、その真相はのちにAKIRAが語ってくれたのだった。
石井とAKIRAはいつものように暇を見つけて、ゲームをしていた。そのゲームはあらゆるマップでモンスターを狩猟するコンセプトなのだが、二人とも発売日当日に徹夜で家電量販店に並んで買いにいった程の熱量を放っている。それからというものの、AKIRAは自身のツイッターにそのゲームについて呟き、野球の呟きを一切しなくなったほどだ。時には徹夜でゲームしたことを報告した後、試合に出場して5打数5安打を放って仕事と趣味を上手く両立させている事を世に知らしめていた。
「くそ、こいつ罠が効かないぞ」
石井は画面を見ながら焦った様子だった。
「俺に任せてくれ。奴をおびき出す」
そう言いながら、二人はしばしのゲームライフを堪能していた。そして狩猟を成功させると二人は部屋中に轟く咆哮を上げながら、ハイタッチを交わした。
「ふう、楽しかった」
「そうだな。また明日やろう」
二人は電源を落として、携帯ゲーム機をカバンの中に入れていた。そのついでに時間を確認すると、まだ練習時間まで空きがあると分かったので、二人は仕事の話でもしようかという事になった。
「それにしても、月間MVPを獲るとはな」
「石井先輩のおかげだ。ノーステップ打法を確立してから、急激に選球眼が上昇したような気分だ。ボールを見極められるようになって、変化球にも振り遅れる心配もなくなった。まさに最強のバッテイングフォームだ」
そこまで絶賛するほどだと言うのだ。
「たったの1か月でノーステップ打法を物にする、お前の才能は桁外れだな。俺はこの打法を完全に習得するまで1年の歳月が掛かったのに」
石井もまたノーステップ打法を習得していた。その名の通り、あらかじめ足を開いてステップを行わずに来た球を打つフォームだ。
「そんなに掛かったのか」
「俺の場合は肉体改造に手間どった。なんせノーステップ打法を完成させるためには体を大きくする必要があるからな。極端に体を太らせたのさ」
「だから、いっつも食べる量が多いのか」
「俺は食べないとドンドン痩せるタイプだからな。体重のコントロールが難しいのさ。それにくらべて、お前は太りもしないし痩せもしないな」
「それがノーステップ打法の習得に結び付いたのか」
AKIRAは何も肉体改造をする必要が無かった。親から受け継いだ圧倒的な骨格と筋力、背筋などが無意識的にノーステップ打法を確立させることに成功させたのだ。まさに天性の才能を持って生まれてきたということになる。それを石井に言われてようやく気が付いた。
「まさにお前は、野球をするために産まれてきたようだな」
「成程な。この体は野球選手として効果的だったらしい」
ニギニギと拳を開いたり閉じたりして見せる。そのたびにAKIRAの太い血管が浮き出ていた。
「パワーのない貧弱な選手がノーステップ打法で打とうと思っても、逆に成績が落ちてしまう筈だ。まさに、AKIRAのための打撃フォームと言っても過言ではない」
石井は口角を上げて、まるで自分の事のように嬉しそうだった。よっぽどAKIRAが月刊MVPを獲った事が嬉しかったのだろう。
「そうなのか」
「実際、フォーム改造が原因でスイングスピードを落としてしまい、そのまま引退してしまった選手はいたぞ。体の反動が封じられるからパワーが落ちてしまうからな。だからこそ、この打法には相応の筋力が必要なんだ」
「そういうことだったのか」
AKIRAは納得したようだった。
「ノーステップ打法を習得して、一番効果的な練習だった思うのはなんだ?」
いつのまにか、打撃コーチの目になっていた。この瞬間、石井は将来有能な打撃コーチになるだろうと予感するAKIRAだった。
「やはり素振りだな。スイングスピードを上げるためには一番効果的だ」
トスバッティングでも、ティーバッティングでもなく素振りが効果的だったというのだ。それもそうだろう、普段から1480グラムのバットを振り回すのだから自然にスイングスピードも上がっていく。
「さすがに基本を押さえているな」
「バッテイングマシンは爽快だが、それだけだからな。あれはストレス解消に使った方がいいと思う」
それがAKIRAの哲学だった。バッテイングマシンはあくまで打つ時の爽快さを肌で感じるものであって、打撃フォームを確立させるには向いていないのだと。
「まあ、打つ感覚を思い出すには便利だがな。マシンも」
「そういえば、今日の打撃練習は何をすればいい?」
不意に気になって、問いかけた。
「今日はシートバッテイングだ。実戦形式でやるぞ」
「分かった。楽しみにしておこう」
こうして、二人は会話で時間を潰して練習場に向かったのだった。そこではAKIRAの野球力が十分に発揮されていて、ただ練習をするだけでも華がある。ファンを喜ばせるためのパフォーマンスに勤しんだり、普通に打つのではなく、豪快かつスマートな打撃の改良にもチャレンジしていた。いくら最強のバッテイングフォームを手に入れたとしても、まだまだ挑戦すべきことはたくさんあるのだと、AKIRAの野球力がひしひしと感じさせているのだった。




