035 東川vsAKIRA
阪海ワイルドダックスは確かに投手陣は崩壊しているが、それでもエースと呼ばれる人材は育っていた。それこそが東川という男だ。防御率はそれこそ4.04とそれほど良くはないが、他の阪海先発陣は防御率6点代がほとんどのため、東川の防御率はいいほうなのだった。
特に彼が武器にしているのはホームベースをめり込ませる角度のスプリットフィンガーファストだ。制球力もあり、コントロールもよい。来ると分かっていても、空振りしてしまう。そんなキレのある変化球だ。他にも平均球速148キロのフォーシームを武器にしている。
そんな東川とひょんなことから対戦することになったAKIRAは左のバッターボックスに立ってブンブンとバットを振っていた。先程のフォームをこの短時間でマスターしたAKIRAには自信に満ち溢れている。心の底から必ず打てるという気持ちが湧いてきて、心臓がドクドクドクドクと小刻みに揺れている。こんな感覚は前半戦のどの試合でも感じられなかった。今なら誰が相手だろうとスタンドに運べるという自信に満ち溢れているのだ。足を揺らさないだけで、こんなにも気持ちの昂ぶり具合が違うのかと、己自身が驚くほどに。
「東川先輩、遠慮はいりませんからね」
バットを立てて、威嚇のポーズを示した。東川を粉砕する気満々である。もしもこれが一般企業の先輩と後輩の立場なら、先輩のご機嫌をとるためにワザと自分が負ける事もあるだろうが、ここはプロ野球の世界だ。たとえ練習だったとしても、自分の勝ちに拘るのは当然だ。無論それはAKIRAだけではなく、東川も同じ気持ちなのだろう。
「ああ、こちらも遠慮する気などないぞ」
「明日先発予定でしょう。無理しない方がいいと思うが」
一応、釘を刺しておいた。万が一、この対戦で明日の試合の投球リズムが狂ってしまうのはいけないだろうと思ったからだ。しかし、
「心配するな。俺はそんなに軟じゃないぞ」
「だといいがな」
AKIRAは構えた。先程、石井と丹精を重ねて生み出したノーステップ打法。錘でもついているのかと錯覚してしまいそうな1480グラムのバットを使いこなすには、足を極力動かさずに、ボールを待ち続けるという打ち方が好ましい。なぜなら、小刻みに足を動かしていると、バットが重すぎてバランスが取れなくなってしまう、緩急のあるピッチングに対応できなくなるからだ。
自分自身でもオーラや威圧感の類が全身から放出しているのが分かる。きっと、マウンド上の東川はそれをヒシヒシと感じているのだろう。
しばらく、両者ともに勝ちに飢える獣の眼光を光らせながら、目線を合わせていた。まるで荒野のガンマンがこれから命がけの決闘をするかのような気合と精神が二人の間を駆け巡っている。
東川の脚が上がった。とたんに、投球の一連がスローモーションに見える錯覚に陥る。球も東川が普段投げる弾丸とは違って、ゆっくりとうねりをあげながら、AKIRAに向かって進んでいた。そのゆっくりと動くボールを捉えるのはAKIRAにとってはいとも簡単な事だった。ただ、バットをボールの軌道上に乗せてやればいい。そこから侍が刀を抜く時のように素早く振り抜く。
ズバギュウウウウウウンンンンン!!!
電光石火の一撃とはこのことか。ボールは一瞬のうちにスタンドまで運ばれた……かに見えたが、わずかに切れてファール。しかし、あわや場外寸前の飛距離を誇っていた。
「ふう……手ごたえ十分だな」
AKIRAは消えて行った白球の行方を静かに追っていた。
「大したもんだ。あそこまで飛ばすとは」
東川も絶賛しているようだ。AKIRAのパワーを。
「伊達に筋トレを重ねていないのさ」
「いや、あのパワーは天性の才能だな」
「そこまで言われると鼻がムズ痒いぜ」
「だがな、こっとも負けられないのさ!」
「!」
先程まで感じていた、スロー感覚ではない。地面をえぐりまわすような剛速球が進んで来ている。時間にして、わずか0.6秒。考える時間など与えられない、来た球を打つ。それだけだ。
ズバシン。
しかし、無常にもバットは空振りした。これでツーストライク。追い込まれてしまった。
「調整は終わっている。どうだ、俺の球は?」
「脂が乗っているな。食べごろだ」
「食べるか……その巨体にあった言葉だな!」
三投目だ。来た球を打つのは駄目だと瞬時に判断したAKIRAは次のボールが何なのかを予測した。東川は勝ちに貪欲な投手だ。そこらの熱血野球漫画のような配球はしてこない、ここで必殺技を投げてくるだろう、そう予測したのだ。
するとだ、投げられたボールは軌道を変えてホームベースに向かって落下を開始した。まさに読み通り。AKIRAはこの闘いを終わらせるため、フルスイングで答えた。
ズギュウウウウウウウンンンンン!!!!!!
バットが軋む音が聞こえたと思うと、ボールはバックスクリーンに飛び込んでいた。しかも電光掲示板に当たるという特大の当たりだ。
歓声が包み込んでいた。石井も監督も涙を流しながら嗚咽をしている。そこまでの歓喜をAKIRAの一振りで生み出していたのだ。まるで、AKIRAが神々しい存在に昇華したかのような賑わいっぷりだった。それもそのはず、ここまでの快音を聞くのはAKIRA自身も久しぶりだったからだ。
「俺の勝ちだな。東川先輩」
「どうやらそうらしいな。完敗だよ」
こうして、二人は固い握手を交わして、互いの健闘を認めたのだった。




