034 石井の助言
相談すべきは石井だった。彼は今年でプロ野球人生31年目を迎える大ベテランだ。他の若手は神々しくて近寄れないと言っているが、AKIRAはお構いなしに近寄って雑談を交わしていた。どんな人だろうが気軽に喋れるのがAKIRAの特性だった。プロ野球界もそうだが、一般企業においても先輩から仕事のスキルを吸収するというのは大事なことだ。AKIRAはそれを行っているのだ。
「成程な。フォームの改善か」
石井はフムフムと小声で頷きながらAKIRAを見ていた。
「後半戦に入って急にマークが厳しくなった。ピッチャー達も今まで投げてこなかった球種を使ってきているような気がする。縦のスライダーやシュート方向に曲がるフォークとか、明らかに緩急をつけて投げ込んでくるんだ」
「さすがだな。AKIRA」
「?」
AKIRAは首を傾げてしまった。
「それはすなわち、二年目のジンクスを一年目の後半戦で体験してるってことだぞ。お前は俺が思っている以上に打撃の才能があるらしいな」
石井はそうだというのだった。
「二年目のジンクスを一年目の後半戦にか」
「これで相手の本気が垣間見えるってことだな」
「教えてくれ。どうしたらジンクスを克服できるんだ」
実質の一軍打撃コーチは石井だ。彼以外に打撃感覚を教えてくれる者は誰一人としていないのだ。
「分かった。お前がそこまで言うなら徹底的に指導してやろう」
「ああ、頼む」
早速二人はバットを持って、トスバッテイングをしていた。
「いいか。まずは今までの打撃フォームで打ってみろ」
「よし分かった」
軽く投げられたボールを網に向かって撃ち込む。それが10球続いた後、石井は立ち上がって話しかけてきた。
「原因が分かったぞ」
まるで探偵のような言い方だった。
「本当か」
AKIRAは嬉しそうに口角を上げる。
「原因はだな」
「……ゴクリ」
ゴクリだ。もったいぶるので緊張してしまっていた。
「お前のバットにあるな」
「相棒にか」
AKIRAは自身のバットを見た。黒色で丸太のように分厚いバットだ。
「重さはどれぐらいある?」
「1480グラムだ」
「やはりそうか」
石井は何かに感づいているかのように唸りだした。
「どうした? 俺の相棒に問題があるのか」
「重すぎるな」
「おいおい、重すぎるのか」
「そういうことだ」
「だが、今までは普通に打てていたぞ」
「それはきっと、ピッチャーがストレート中心に投げてきたからだろう。日本人バッターはストレートに弱い奴が大勢いるからな。AKIRAもそうだと思っていたようだが、実際には違っていた」
「自分で言うのもなんだが、俺はストレートには滅法強いぞ」
「だからだよ。緩急を織り交ぜたピッチングをされて、重いバットが思うように振れなくなったんだろう」
石井の見立てはこうだ。ストレートと変化球の違いにバットがついていかなくなって、凡退を積み重ねてしまっているのだと。
「そうだというのか、くそ……」
「プロの変化球を甘く見な方がいいぞ。俺も二年目に苦汁をしいられた」
石井もストレートには強いが、変化球には弱いのだ。それで二年目のジンクスを体験させられたのだと言う。
「そうなのか」
「ああ、そうだ。きっとそれに違いない」
「どうすれば対応できる?」
「さっきまでお前さんの打撃フォームを見ていたが、どうにも足を動かす癖があるようだな」
「足を動かす癖だと? そいつは知らなかったな」
客観的に視られて初めて気が付いたことだった。
「だからだ、右足をステップせずにノーステップでやってみろ」
「ノーステップか」
AKIRAは言われた通り足を極力動かさないようにして、ボールを打ってみた。
バギュウウウンンン!
すると、バットがスムーズに前に出て、ボールを勢いよく飛ばすことに成功したではないか。しかも手応えは十分にあった。これはホームランを打った時の感覚そのものだった、
「いきなり芯に当たったか。大したものだな」
「打ちやすい、打ちやすいぞ」
思わず小躍りしてしまう程の感触だった。足を動かさないだけで、手ごたえが全く違うのだ。まるで、ヘビースモーカーがタバコを止めたかのような爽快感を肌で感じていた。自分は今まで寝ていたのかと勘違いするほどの覚醒ぶりだった。
「どうやら、俺の考えは正しかったようだな」
石井は笑顔で語りかけてきた。
「そうか。俺のせっかちな性格が打ち方にも表れていたということか」
「さっそくだが、投げて貰ってみるか?」
「よし。投げて貰おう」
「誰にする?」
「誰でもいい。今ならどんなピッチャーだろうが粉砕できる自信がある」
そこまでだというのだ。
「だったらうちのエースに頼んでみるか?」
「東川さんにか」
「おーい東川!」
石井が大声で叫ぶと、長身の男がランニングしながら近づいてきた。その男は端整な顔立ちをしていて、肩まで伸びた髪が特徴のハンサムボーイだった。
「どうしました。石井さん」
爽やかな笑顔を見せていた。
「AKIRAがお前さんと本気の勝負をしたいそうだぜ」
「へえ。僕と本気の勝負ですか」
目があった。先程までのマイルドな顔とは違ってマウンド上に立っているときそのもの顔に変わっていた。
「東川先輩。どうか全力で投げ込んでくれや」
「そうだね。いっちょやってみようかな」
こうして東川とAKIRAの本気勝負が始まった。エースとチームナンバーワンの長距離打者が対決するということになって、ギャラリーが大勢集まって来ていた。選手もそうだが、監督やコーチも笑顔を振りまいて、二人の対戦にワクワクしているようだった。




