031 共闘
額に流れる汗、脈動する心臓、皮膚を拭うは血飛沫。これぞまさに男の闘い。二人は怪我の心配などかなぐり捨てて、ただ一つの決着を求めて拳を交わした。その結果、リングに立っている者が勝者となり願いを叶える事に成功させた。名前は渡辺明……もといAKIRAだ。対する敗者は地面に蠢き、這いつくばりながら勝者の願いを聞き入れるしかなかった。それが約束というものだ。両者ともにその事は重々承知している。今更踏み倒そうものなどと考える素振りすら見せてはいない。
「俺の勝ちだな。光太朗先輩」
両腕を組みながら、下で蠢いている光太朗を見ていた。まさに地面を這いつくばる芋虫と、飛ぶことに成功した蝶の如く命運は別れている。
「ふん、そのようだな」
口の中を切っているのか、喋るたびに血が口内からあふれ出ていた。それだけAKIRAの拳は強烈だったというべきか。
「約束は守ってもらうぞ。明日から俺と一緒に弁当を食べろ」
命令ではなく約束だった。拳で交わした約束は守らなければならない。そういう宿命なのだ。
「ああ、そうだな。だがその前にだ」
「なんだ?」
「俺を起こしてくれないか? 腹が痛くて起き上がれねえ」
猛獣の如く強烈な拳を腹に浴びたのだ。一人で立てないのも当然だった。そんな光太朗を危惧してあげたのか、AKIRAは光太朗の肩を持ち上げて立たせてあげた。闘いの後の友情、これこそ決闘の醍醐味とも言える。互いが両者を褒め称えて、認め合うのだ。強さを。
「これでいいか?」
傷だらけの戦士だ。両者共にタダではすまなかった。光太朗もそうだが、AKIRAも全身から血を噴出している。それでも両者は支えあって一歩、また一歩と前に進んで行く。
「お前の拳、ソウルに響いてきたぜ」
初めてだ。初めて光太朗がAKIRAを称えた。拳を交わしたからこそ、分かることもある。
「そうだな。たまには殴り合いもいいな」
「職場でもそうだ。反抗的な部下と偉そうな上司は殴り合えばいい」
殴りあってこそ、両者は分かち合えるというのだ。下手な飲み会よりも効果的だろう。
「俺達を部下と上司に例えるか。こいつはたまげたぜ」
「だってそうだろう?」
「待て。人の気配がする」
すると、両者の目の前にスマートフォンをいじくる若い男達が立っていた。それも一人だけでは無い。何人もだ。少なく見積もっても20人はいるだろう。その中でもリーダー格と思しき男がくちゃくちゃとガムを噛みながら、スマホを弄っているのだ。
「よお、お二人さん」
その男は真っ赤なアフロをしている。その他の男達も奇抜なファッションをしていて、それぞれが金属バットを持っている。
「誰だ。てめえら」
AKIRAの目が野獣の如く光った。
「もう忘れたのか? 昨日ツイッターで喧嘩したじゃん」
あの時のフォロワーだと言うのだ。
「お前達の顔なんて知るか。どいつもこいつもアニメのアイコンを使いやがって」
少なくともAKIRAより年下の連中が多かった。恐らく中学生や高校生の類だろう。耳にピアスを開けて、中にはモヒカンの野郎もいる。
「昨日世話になった仮を返そうと思ってな」
「どうして俺達の居場所が分かった?」
「ハッキングをすればダイレクトメールの内容は分かるのさ」
「ようするに、俺達のアカウントを乗っ取ったのか?」
「そうだ。そして俺はお前達の骸をネット上に載せて、ファンを発狂させてやるのさ!」
狂っていた。同じ世代の若者でもこうも違うのかと、AKIRAは率直に感じていた。インターネットで起きた戯言を現実世界に持ち出して、復讐しようと言うのだ。それも、向こうが仕掛けた争いで。
「やるぞ」
すると、光太朗は自らの力で立ち上がって学生達を睨み付けていた。威圧のこもった目で。不良共はそれにブルってしまったのか、一歩後ろに下がっていた。
「な、なんだよ。こっちにはバットがあるんだぜ」
バッドを持つ手が震えていた。それを見逃さないAKIRAではなかった。彼は拳を前に突き出して、リーダー格のスマホを奪い取り、粉々に砕いた。
「そうだな。戦るか」
スマホの断片を手で払いながら、決意の一言を呟く。
「俺達に喧嘩を売ればどうなるか思い知らせようぜ。拳の友よ」
二人の間には明らかに友情が芽生えていた。
「うるせえー! 死にやがれ!」
すると、不良共は金属バットを持って襲いかかってきた。二人は反射的に攻撃を躱しながら不良共の腹に拳をお見舞いする。普段はネット上だけで喧嘩をしているのか、現実の喧嘩は強くない。奴らは一発のパンチだけで腹を抱えて、口からタバスコのように血を噴出していた。
「どうやら、強いのは口だけらしいな」
「そんなものさ。此奴等は」
二人は息が合わさったかのように、連携攻撃を繰り広げている。それはまさに闇夜を切り裂く血の舞だ。もっとも、血を流しているのは不良共だが。
「うわあああ、腕が折れた!」
逆に腕だけで済んで良かったという前向きな精神を持っていないようだ。不良は変な方向に折れ曲がった自身の腕を見て発狂している。しかし、プライドだけは一人前のようで全員が戦闘不能になるまで戦いは続いた。負けという二文字を許せないのだろう。
バギイイイイイイ!
最後の一人の頭蓋を叩き割ると、ようやく戦いは終焉を迎えた。不良共は一人残らず地面にうつ伏せて、白目を剥きながら生と死の狭間を彷徨っている。だが、AKIRAと光太朗はコイツらとは違う。すぐさま電話で救急車を呼んだのだ。
「こんな奴等にも親はいるからな」
「ふん。勝手にしろ」
だが、光太朗はどこか腑に落ちないでいた。
「駄目だったか?」
「コイツらは死んで当然の行いをした。だが、お前は助けると言い出した。頭の中がこんがらがってるのさ」
するとまもなくして、救急車のサイレンと警察車両のサイレンが公園中に鳴り響いた。
「さて、この現状をどう説明するかな」
向かってくるサイレンの男が、AKIRAをはやしたてる。
「どうだっていいさ。サツはきっと俺達の味方をしてくれるぜ」
明らかに正当防衛だった。相手には殺意があって、こちらには防衛反応しかない。
「過剰防衛や誤想防衛でムショ暮らしは勘弁だな」
「はん。俺達は金属バットを持った20人の男と素手で戦ったんだぜ。これで正当防衛を認められなかったら、とんだ冤罪だっつうの」
その後、二人は警察のお世話になったのだが、無事に正当防衛が認められて二人の違法性は却下された。これにより二人はいつも通りのプロ野球生活に戻った。
日付は変わってオールスター戦の前日。二人は一緒に汗を流したあと、ベンチに戻って約束を果たしていた。そう一緒に飯を食べるという約束だ。
「おう、口をアーンしろ」
光太朗の顔面が迫って来ていた。
「ちょっと恥ずかしくないか?」
二人はベンチで一緒に弁当を食べていた。それも光太朗の手作り弁当だ。
「何言ってやがる。一緒に飯を食いたいっていったのはお前じゃねえか」
「わ、わかったよ」
こうして、AKIRAは口を開けてウインナーを受け入れたのだった。
「朝6時に起きて作ったんだ。愛情を込めてな」
「ああ。最高にイケてるぞ、先輩にこんな才能があったとは」
二人には友情が芽生えていた。
「俺は料理が好きでな。一度でいいから自分の料理を食べてもらいたかった」
そうだというのだ。本当は食べてもらいたかったのだと。
「なんだ。俺が初めてなのか」
それだけ人嫌いが激しかったということだ。
「そうだ。こういうのもたまにはいいもんだな」
光太朗はそうだと言うのだった。




